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32.珍しい来訪者



 今外に出ることは、閣下や鳥の巣頭さんの気持ちを裏切ることになっちゃうのかな。



 鳥の巣頭さんどころか閣下にも扉を開けてもらうことは出来ず、しばらく閣下の腕の中で抱かれていた私は、慣れた温かさに包まれるうちに気持ちが落ち着いていくのを感じていた。

 ひたすらセイレア様に会いたい一心で焦っていた気持ちが徐々に静まっていく。会いたいという気持ち自体は無くならないけれど、冷静さが戻ってきたような感じだった。

 でもそうすると今度は、セイレア様のことだけじゃなく、他の色々なことについても考えてしまうようになる。


 綺麗に包帯を取り替えてくれた鳥の巣頭さん。初めて良い意味で軽薄さの抜けた表情を見た。

 ずっと心配してくれていた閣下は、少し元気の出た私を見てあまり変化の無い表情を安堵の色に変えていた。

 二人とも、私のことを本当に気に掛けてくれているからこそ、扉の外に出るのを止めたんだよね。怪我をしている私がこれ以上痛い思いをしないように、何かに巻き込まれたりしないように。そうやって私を守ろうとしてくれているんだ。

 そんな二人の気持ちに応えるためには、少なくとも両手の傷が癒えるまでは動き回らず、静かにしているべきなのかもしれない。

 それに、鳥の巣頭さんはお客様の中には動物が苦手な方がいらっしゃるって言っていた。

 もしも私が部屋を抜け出して、セイレア様を探している間にその方に遭遇してしまったら?

 きっと騒ぎになってしまうだろうし、そうなるとお屋敷の主である閣下に責任が問われてしまうことになる。それは、間違いなく大きな迷惑を掛けてしまうっていうことだ。

 いくら感謝しても足りないくらいなのに、与えてくれたものの一部すら返せていないっていうのに、自分の勝手な行動と不注意が原因で閣下の立場を悪くしてしまうなんて、絶対に出来ない。


 そう思うのに。


 バルコニーから一瞬だけ見えたセイレア様の姿を思い出すと、少しでも早く会いたくなってしまう。そう思うのも間違いなく私の本音だった。


 セイレア様は、ファラティアという人間をよく知っている。

 私自身でさえ、今の姿に引き摺られている部分はあって、ファラティアとしての自分が曖昧になっている気がする。行動でさえ、もう無意識に魔獣としてのそれをとっていることだって沢山ある。

 そんな中で、間違いなくファラティアを知ってくれている人がいたら。そして、そんな人に私がファラティアなんだとわかってもらえたら、辛くてどうしようもないこの状況も乗り越えられる気がする。

 たとえ元の姿に戻れなくても、私を私として認めてくれる人がいたら、頑張れるんじゃないかって、そう思うんだ。

 生きているのに、死んだものとして扱われるのは辛い。すごく悲しいし、寂しい。

 だからせめて、魔獣の姿でも私はファラティアなんだよ、生きてるんだよ、って伝えたいんだ。


 それに、きっとセイレア様だって行方の知れないファラティアに心を痛めてくれていると思う。

 悪戯好きで時には無謀なことを命じてきたりもするけれど、心は本当に優しい方だと知っているから、今でももしかしたらファラティアを探してくれているかもしれない。

 そんなセイレア様を、少しでも安心させて上げられたら。別の心配事を増やしてしまうかもしれないけれど、生きているって知れば、少しは喜んでくれるんじゃないかと思うんだ。



 セイレア様が閣下のお屋敷にどれくらい滞在なさるのかわからない。だから出来るだけ早く会いに行きたいって思う。

 でも、そうすることで、今度は閣下と鳥の巣頭さんの気持ちを踏みつけることになってしまう上に、迷惑まで掛けてしまうことになるかと思うと、無理に今すぐ飛び出していくことも出来なくて。


 散々悩んだ私は、結局その夜はそのまま閣下のお部屋から出ず、朝を迎えることになってしまった。





 ◆◆◆◆



 それから三日ほど、閣下の私室での軟禁状態は続いた。

 迷惑を掛けたくないとは思っても少しずつ鬱積していくものはあって、何度か抜け出せないかと試したりもした。でももちろん成功なんてしなくて、それどころかバルコニーにさえ出られなかった。

 バルコニーの窓は開いているんだけれど、何故か出ようとすると身体が軽く後ろへ引っ張られるような感じがして、それ以上進めなくなってしまうんだ。閣下がいるときは、閣下が離してくれないし……。

 きっと閣下が何かの魔法を使っているんだろうけれど、それがどんなものであるのか、魔力の無い私には知りようもない。当然、それを解除する方法も。


 そんな日々が続いた所為で、耐えかねた私は流石に閣下に抗議の意味で反抗してみたんだけれど、いつもの無表情が崩れることはなかった。

 じたばたする私の意図に気づいているのかいないのか。何も反応が返ってこないから、結局私が体力の限界を迎えて諦める、という繰り返しだった。


 ただ一つ安心できたのは、朝の紅茶の時間に鳥の巣頭さんがちらりとお客様のことを話していて、お客様方はまだ暫くお屋敷に滞在することが知れたこと。もちろんセイレア様も含めてだ。

 だからまだきっと機会はあるはず、と自分に言い聞かせてこの数日を過ごしていた。



 今日もまた、ぼんやり過ごさなくちゃいけないのかなあ、とバルコニーの窓の手前で座り込んでいた私は、突然の扉が開く音に驚き、振り返った。


 ――あれ、鳥の巣頭さん……?


 まだお昼御飯には早い時間なのに、どうしたんだろう?

 閣下の右腕として忙しい鳥の巣頭さんが、お昼前に姿を現すなんて今までなかった。

 珍しい訪問に驚きつつ鳥の巣頭さんの元へ歩いて行くと、鳥の巣頭さんはいつものようにヘラリと笑いながら、私を抱き上げた。


「やあセレスタ、朝以来だね! それにしても、君には結構意地悪なこともしたと思うのに、自分から寄って来るなんて。アハハ、警戒心はどこに落として来たんだい?」


 森の中を探して来てあげようか? なんて揶揄うように言うから、思わず半眼になってしまった。


 ――意地悪なことしているっていう自覚はあったんだね、鳥の巣頭さん……。


 呆れる私に気づいたのか、鳥の巣頭さんは一層深い笑みを浮かべる。何か楽しんでいる……?

 本当、鳥の巣頭さんってわからない人だ……。

 困惑していると、鳥の巣頭さんは軽い笑い声を立てて言った。


「まあまあ、そんな顔しないで。きっと君も喜ぶと思うんだけどなあ」


 そう言いながら、扉の方へ向かっていく。


 ――え、もしかして……!?


 期待に思わず耳をピンと立たせて鳥の巣頭さんの顔を凝視したら……、


「アハハハハハハハ!」


 何が面白かったのか、大爆笑されてしまった。……鳥の巣頭さんの笑いのツボってどこなんだろう? もう何か、全然わからないや。

 一頻り笑い終わった鳥の巣頭さんは、そのまま扉に手をかけた。


「うんうん、嬉しいんだよね、アハハハハ! 君が想像した通り、これから外に連れて行ってあげるよ。――と言っても、行き先は内庭で、俺という監視付き、だけれどね」


 そう言って鳥の巣頭さんは閣下の部屋を出た。


 ――うわあ! ほ、本当に出られるんだ……!






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