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26.変わる空気の色



 なんだかいつもとお屋敷の様子が違う。


 ちょっとだけ久しぶりに歩き回ったお屋敷では、侍女さんから調理場の人たちに至るまで、いつも以上にどこかピリピリとした雰囲気を漂わせているみたいだった。


 私が閣下の私室から出られない間に、何かあったのかな……?


 実は、精霊さんの導きで飾り袋を発見してから数日、私はしばらく外出禁止になっていた。

 と言っても、直接部屋から出ては駄目と言われたわけじゃない。ないんだけれど……、閣下が!



 森での出来事の翌日、私はいつも通り意気揚々と閣下の私室を出ようとした。今日は騎獣の練習はちょっと控えようかなあ、なんて考えながら、扉の前まで進む。

 だけど、扉に近づけば近づくほどに何だか背中が暖かい感じがしてきた。


 何だろう? 暖かいというか……熱い?

 うっ。じ、じりじりする……!


 穴が開きそうなほど、背中を焦がすような気配は強い。その圧力に負けてどんどん足取りが重くなっていた私は、遂に扉の目の前で停止した。

 振り返らなくてもなんとなくわかってしまった、じりじりの正体。


 ――うん。閣下が見てる。確実に。私の小さな背中を。


 閣下の灰青の瞳が高温の炎みたいに私の背中を焼き焦がそうとしているのがわかった。

 振り返ってもいないのに、声だってちっとも聞こえないのに、何が言いたいのかもわかる気がする。

 たぶん、こんな感じだ。


『勝手に森へ入った昨日の今日で屋敷をうろつく気か? 反省はどうした? やっぱり森に捨ててくるべきか』


 いやうん、閣下はこんなこと言わないと思う。全部私の罪悪感が聞かせた幻聴だ。

 でもそれくらい、閣下ってば黙って背後からとてつもなく厳しい視線の圧力を掛けてきているんだもの。背中が燃え落ちてしまうんじゃないかと思うほど。

 目には力があるというけれど、この時ほどそれを実感したときはない。

 私は思わず振り返らないまま扉の前から後退りしてしまった。

 ど、どうしよう……、と固まっている私の斜め後ろから突然、プハッと噴出す声が聞こえた。この何処か軽薄そうな笑い声はもちろん鳥の巣頭さんだ。


「アハハハハ! セレスタ、もしかして自主反省かい? 自主反省する魔獣なんて初めて見たなあ。そんなことまで出来るなんて君って本当に変わったイェオラだね! 一度、魔法師団の人間に引き渡して調べてもらおうかな。ああでもそうするとお腹とか頭とかかっぴらかれちゃうかもねアハハハハ」


 か、かっ開かれるって……! 何てことを言うのっ。

 冗談にしても、もう少し笑える冗談にして欲しい。鳥の巣頭さんって本当に性格……性質が悪い――。

 揶揄い混じりの冗談を恨めしく思いながら振り返ったら、鳥の巣頭さんがそんな私を見て、にっこり笑った。


 え。


 ……え? その笑顔は何?


 魔法師団のことって、じょ、冗談、だよね? ……ねっ?


 鳥の巣頭さんの胡散臭い笑顔を見たら、かなり不安になってきてしまった。

 まさか魔法師団って、貴重種を実験のために解剖しちゃうほど危険な場所なのっ?

 お腹や頭を、って想像したら、……う、うぇ。

 魔法師団の人たちに会ったことなんて無いから、真実を知りようもなくて困る。国の抱える精鋭たちがそんな変人じゃないことを願うしかない。

 

 ああとにかくそんなわけで、それから数日、閣下の瞳の圧力に耐えられず、私は自主的に私室に篭もる日々を送った。



 そして数日振りにやっと視線の力が緩まるというお許しが出てお屋敷を歩いた感想が、なんだか空気がおかしいな、というものだった。

 いつも以上に侍女さんは忙しそうにてきぱきとお屋敷中を動き回っていたし、今までには見なかった使いの人や商人らしき人たちまで頻繁に出入りしているみたいなんだ。

 お屋敷全体がそわそわと落ち着かないような、不思議な空気。

 そういえば、鳥の巣頭さんも今日はなんだか忙しそうにしていたっけ。以前見た、小奇麗な恰好をした鳥の巣頭さんよりさらにきっちりとした装いで、朝から何処かに出かけてしまった。


 やっぱり何かあるのかな……?


 私はお屋敷の様子を疑問に思いながらも、厨房へ向かった。いつものようにタリアの実を貰おうと思ったんだ。

 自主的軟禁状態の前のように、ひょっこりと厨房の入り口に顔を出してみる。

 もしかしたら、とは思っていたけど、厨房でも忙しさはいつもの比じゃないみたいだ。料理長さんが全然私に気づいてくれない。

 以前なら、厨房の入り口に白い塊がもそもそしていることに直ぐに気づいてくれたんだけれど、今は私のことは視界に映らないみたい。顔を出さない数日のうちに私のことはすっかり忘れられてしまったのかと、少し悲しくなった。でも忘れたというより、それどころじゃない、って感じかも。

 料理長さんは同僚の人と真剣に何かを話している。


「……いや、その調理法は――。――シュナウズは蒸し焼きにして――」

「はい、では――。それと、マルネは、――で、――?」

「ああ、――――」


 途切れ途切れに聞こえる会話からすると献立について検討しているみたいだけれど……。

 もしかして、閣下の食事内容を変えたりするのかな? それにしては、運び込まれている材料が随分と多いような?

 まだ仕舞う途中なのか、そこかしこに野菜などの食材が入った木箱が置かれている。試作品を作るにしては、やっぱり量が多すぎる気がする。

 何に使うのかなあ……、なんてぼんやり眺めていたけれど、気づいてもらえる気配がないのにいつまでも此処でじっとしているわけにもいかない。

 私は渋々厨房を離れることにした。タリアの実は食べたかったけれど、諦めるしかなさそうだ。


 いつもなら、厨房へ寄った後は直ぐに内庭に出て風の力を身につける練習をするんだけれど、私はそれから少しだけお屋敷の中を散策することにした。お屋敷全体の忙しない様子が少し気になったから。

 立ち回る侍女さんたちをきょろきょろと眺めながら歩く。

 普段の倍速で動いているのに物音をほとんど立てない彼女たちに羨望の眼差しを送りつつ暫く歩き回っていると、歩いていた廊下の少し先にある扉が珍しく開け放たれているのに気づいた。

 確か、扉の先は外廊下になっていて、暫く行くと閣下の私室がある棟とは別にもう一つ、離れのような建物があるらしい。最初の頃、鳥の巣頭さんがそう説明してくれた。閣下ほお屋敷は本当に広いんだ。

 離れにある建物はいつもは使われていないみたいだけれど、手入れはきちんとされているみたい。でも、そこへ続く扉が完全に解放されているのを見るのは初めてかもしれない。

 扉の先では多くの侍女さんたちがこちらの棟と離れを行き来しているのが見えた。

 使われていなかった離れが使われる、ってことかな。

 そう考えたとき、私はピンと来た。


 そっか、誰かお客様が来るってことだ!


 厨房で新しく献立を組んでいたのも、これで合点がいった。あれは閣下のためじゃなくて、お客様をもてなすためのものだったんだ。

 お客様なんて、私が閣下に拾われてから初めてのことだ。

 お客様どころか、閣下が鳥の巣頭さん以外の使用人の人とすら接触しているところなんて一度も見たことがなかったから、なんだか不思議な気持ちがする。

 でもそっか。だからお屋敷中が慌しい感じだったんだね。すごく納得した。

 いらっしゃるお客様は閣下とはどういう関係の方なんだろう? やっぱり身分は高いんだろうか。ううん、きっと高いはずだ。でなければ、こんなにお屋敷の中はピリピリしていないだろうし、食事に特別気を遣ったりしないと思う。だって、元々閣下の食事だって相当気を配って作られているんだから。

 これでは料理長さんも私のことなんて気にしていられないはずだ。

 そうだ、離れを解放するってことは、お客様はお泊りになるんだよね?

 なんていうか、正直想像もつかないけれど……、閣下のご友人の方なんだろうか?

 私がお会いできるかはわからない。でも来客があるのだと思うと、何処か私の足も浮き足立つようだった。




 お屋敷内の異変について原因がわかった私は、それからいつものようにテラスを通って内庭へ出た。生垣のアーチを潜って、幼獣である今の私にとって小さな広場ほどの大きさの空間に辿り着く。

 閣下の私室に自主的軟禁状態だったときは中断していた、風の力で疾駆する練習。ちゃんと続けないと、感覚を忘れてしまいそうだ。

 でも今日は、直ぐには練習に取り掛からない。その前に一つ、やらなくちゃいけないことがあるんだ。

 あの森での出来事、忘れてしまったわけじゃない。

 原石を見つけて、飾り袋の様子から導き出された可能性。ちゃんと考えなくちゃいけない。


 私は生まれ変わったんじゃないかもしれない、ってこと。


 一人で考えていても答えが出るかどうかはわからない。ううん、答えというよりも、考えを纏めること、って言った方がいいかな。

 今まで出てきた事実を整理しないといけないと思った。

 でも私一人じゃ、色々なことを考え過ぎたり不安になったり、こんがらがったりしちゃいそうだ。だって、生まれ変わったんじゃなかったとしても、疑問は沢山残っている。それに、散りばめられた事実を上手く繋ぎ合わせられるかどうか……。


 だからこそ、力を借りたかった。

 飾り袋の元へ導いてくれた、精霊さんの力を。



 私は集中して、頬に触れる風に意識を向けてみる。

 私の周りに常に存在する風。その風の力を貸してくれる、精霊さん。

 彼の気配を探した。






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