24.溢れ出す疑問
「魔力の匂いがする」
「え?」
――ぇえ!?
閣下がぽつりと言った言葉に驚く。図らずも鳥の巣頭さんの声と私の心の中の驚きの声が重なってしまった。
でも原石から魔力の匂いなんて、どうして?
この原石は、セイレア様に頂いたものだ。
私が目の色のことを引け目に感じていた頃、セレスタイトの話をしてくださって、ちょうど手元にあったものをせっかくだからと言ってくれたのに過ぎない。
特にまじないを掛けてもらったとかそういうこともなかった。
セイレア様も、まして私も当然魔力を持っていないし、肌身離さず持っていたからといって原石が魔力を帯びることもないはずなのに。
「……師団の者に調べさせろ」
「畏まりました。そうですね、セレスタが落ちていた森にあったものですし、調べないわけにはいきませんね」
鳥の巣頭さんは応えながら、原石を裏返したり日に翳したりして検分している。
以前言っていたように鳥の巣頭さんも魔力を持ってはいないから、眺めても触っても魔力の気配は感じ取れないと思う。ただ念のため、魔力以外の何かの痕跡が無いかを確認しているんだろう。
私の作った飾り袋も合わせて矯めつ眇めつしていた鳥の巣頭さんが、ふいに私の方を向いた。
「セレスタ、もしかしてこれを探しに来たのかい?」
「――ッ、キュウ!」
鳥の巣頭さんに聞かれて、私は咄嗟に鳴いてしまった。
もちろん本当はセレスタイトを探しに来たわけじゃなくって、不可抗力だ。だけどここはそういうことにしておかないと、私がお屋敷を出たことの説明がつかなくなってしまう。騎獣になるための練習をしていたら風の精霊さんに連れられてここまで来てしまいました、なんて、どうやって説明したらいいかわからないもの。
変な誤解をされて、また暗黒鳥の巣頭さんになってしまったらと思ったら、反射的に肯定のような声をあげてしまっていた。
鳴き声が肯定と伝わったのか、鳥の巣頭さんは表面上は納得したように頷いてくれた。――よかった。
「それにしても、この飾り袋……」
納得してくれたはずの鳥の巣頭さんが、怪訝そうに飾り袋を眺めながら途中で言葉を途切れさせた。
こ、こんどは何だろう、と私はちょっと身構える。
まじまじと見つめて、飾り袋の縫い目を時折撫でたりしている。
あ。そこはちょっと手が滑って……!
いつも以上に真剣ではあるけれど、鳥の巣頭さんがとても微妙な表情をしているものだから、居た堪れなくなってきた。
い、歪過ぎるとか言い出すんじゃないよね?
裁縫は特に不得手だったわけじゃない。ただちょっと、毎回、手を添える位置と針を刺す位置が重なってしまうだけで……。どうしてかなあ?
「――セレスタ、これは誰かにもらったのかい? 見たところ原石の大きさに合わせて縫われているようだし、人の手によるものだろう? ……やっぱり誰かに飼われていたんじゃないのかい?」
私は思わず咽そうになった。
てっきり縫製に関しての批判が出ると思っていたから、思わぬ方向から攻撃を受けたような気分だ。
そ、そっち!? と思って慌ててしまう。びくっと肩が揺れたのを私を抱えている閣下は気づいただろうけれど、何も言わない。
でも確かに言われてみると不自然過ぎるって、今更ながらに私も気づいた。
原石はその大きさに合わせて人の手によって作られた飾り袋の中に入っていて、それを自分の物だと主張した。事実、その原石は私の瞳の色と同じだ。そこに今まで発覚していた人の言葉を理解するという事実を合わせたら、どう考えても人間と関わっていたと思うよね。
あれだけ疑われるような行動をしないように気をつけようと自分に誓ったのに、自ら疑われる道を突き進んでいるような状況になって、お腹が痛くなってきた。その場限りの嘘なんてやっぱりつくんじゃなかった、と後悔しても、後の祭りだ。
とにかく、原石は私のものだと既に返事をしてしまった手前、今更訂正もできない。墓穴を掘るってこういうことを言うのかな。うぅ。
これはもう何度目になるかも分からない、危機的状況というものだろうか。
ど、どうしたら……! と、閣下の腕の中で秘かに焦っていると、鳥の巣頭さんはそんな私にも気づかないようにぼそぼそと呟き始めた。
「この飾り袋はセレスタが持ち歩けるようには作られていない。魔獣の首に駆けるなら、こんな柔な紐は使わないだろうし、セレスタくらいのときは成長も早いから、こんな紐ではあっさり千切れてどこかにいってしまうのが落ちだ。
でも中に入っていた原石はセレスタの瞳の色を連想させるセレスタイト。セレスタが自分のものと言うのも不自然じゃないよな。
――やはり誰かに送り込まれた密偵か?
……いや、でも敢えてセレスタを衰弱させてこんな森に置き去りにする方法を取るような輩が、彼の瞳の色に合わせて原石を贈り、手作りの飾り袋なんて作るというのも気持ちが悪いな。何がしたいのか分からない。
そもそも、計画的に置き去りにしたなら、こんなものをここまで持ってくるのもおかしいよな。落とす可能性のあるような、足がつきそうな物を持ってくるなんて愚昧に過ぎる。
……ああそれよりも、低木の根元とは言え、これくらいの大きさのものも見つけられないとは……調査隊を叩き直す必要がありそうだな」
最後の方はなんだか随分と物騒な……。
とにかく、私から意識が逸れてくれているのは有り難いけれど、私はどうしたらいいんだろう。勝手に思索に耽られてしまっては、反論に口を挟むわけにもいかない。反論と言っても、鳥の巣頭さんが言っていることは一々尤もだから、私では訂正のしようもないんだけれど。
わたしからしてみても疑問は山盛りだ。
だって、考えてもみて。私がここに来たのは、たぶん偶然じゃない。
風の力を借りた走行練習中に精霊さんが悪戯をしたと思っていたけれど、途中で聞いた“もう少し”という言葉や、低木の根元に向かって投げやられたことを考えれば、原石を見つけさせることが目的だったと考えた方が自然だ。
精霊さんが、この場所に原石があるのを知っていること自体はおかしくない。風はどこにでも在るものだ。この森にも風は存在していて、原石が落とされたときのことも見ていたのかもしれない。
でも、この原石――ううん、私が見つけたとき中身は出ていなかったから、そのときの見た目だけで言えば飾り袋だ――が私に関係するものだって知っていたのはどうしてだろう。
もしかして、魔獣の私が衰弱した状態で森に居たことに、この飾り袋も何か関係が……?
やっぱり鳥の巣頭さんが言ったように、魔獣である私のことを誰かが置き去りにして、その人が飾り袋を落として行ったんだろうか。
それで、そのことを知らせるために精霊さんはこの場所まで案内してくれたのかな。
でもそうなると、どうしてその人はファラティアの持ち物だった飾り袋を持っていたっていうの……?
ああもう、全然わからないよ……!
考えれば考えるほど、魔獣としての私自身にだっておかしな点はたくさんあって、さらにファラティアの頃の持ち物だった原石まで出てくるなんて!