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23.記憶の欠片に残るモノ



 セレスタイトの原石――。

 どうしてこれがこんな場所にあるんだろう。

 低木の根元に上半身だけ突き刺さったまま、呆然と目の前にある原石を見つめる。

 ささやかな光にも薄水色に煌く小さな石だ。かつては肌身離さずに持ち歩いていた。それくらい大事にしていたものだった。

 飾り袋だって、丁度いい大きさのものが無かったから、わざわざ布を買って来て自分で作ったんだ。

 だから、これは確かに私がファラティアだったときに持っていたものに間違いがない。


 ファラティアの人生は、馬車で街道を移動中に賊の襲撃に遭って終わった。

 そのときにも持っていたその原石が今この森にあるということは、私が死んだ後に持ち去られたということなんだろうか。

 原石自体は小さなもので、これ一つでは大きな価値のあるものでもないのに……?

 ああでも、もしかしたらあまりにもお金になるようなものを持っていなかったから、微々たるものでも成果の足しにしたかったのかも。それで持ち帰ろうとしたけど、本当に小さなものだから、逃げる途中で落としてしまったとか。

 そう思ったけど、どうしても何かが引っかかってしまう。

 濃紫色の飾り袋は、地面に接していた部分だけが薄っすらと湿っている。多少の砂粒がついているけれどそれ以外は色も褪せていないし、至って綺麗に見えた。

 中に入っていた原石も崩れることなく、ファラティアの頃に持ち歩いていたときの原型のままだ。


 此処がお屋敷の裏の森だとするなら、魔獣の私は確かこの森で閣下に拾われたんだよね?

 イェオラとして生まれ変わってから拾われた森で、ファラティアの頃に持ち歩いていた原石が見つかるなんて、こんな偶然があるのかな。

 ううん、でもそれよりも、もっと違う、何かを見落としているような――。

 何か喉に詰まっているようで気持ち悪いな、って思っていると、身体に衝撃が来た。




――わしっ。


 ぐぇっ。


 ……ずるー。


 ――っ!!




 うわーん、閣下だー!


 お腹を締め付ける慣れた感触に、私は思わず嬉しくて泣きそうになってしまった。


 遅いよ、閣下! 怖かったんだからね……っ!


 迎えに来てくれないかも、なんて不安になったこともすっかり忘れて、閣下の胸に飛び込む。甘く爽やかな香りが鼻を掠めて、閣下の香りだー、なんてホッと安堵の息を漏らした。これでもう安心だ。


――って、ちょっと待った!


本当に安心するだけでいいの?

 今私、明らかに引き摺り出されたよね?

ずるー、って! ずるーって言ったもの!

少し顎が痛いのは絶対その所為だよね!?


精霊さんにもここまで散々な扱いを受けていた私は、流石にこれは一言物申さなきゃと思って、がばりと顔を上げた。いつもいつも広い心で受け止める私じゃないんだからね!

だけど、その直後、閣下の胸元にべったりと張り付いていた私は、顔を上げるまでもなくベリリと剥がされてしまった。


「……」


 いつも割りと好きなようにさせてくれる閣下に引き剥がされるとは思っていなかった私は、驚いて閣下を凝視した。

 閣下は相も変わらず涼しげな表情で……、――あれ? なんだかいつもと表情が違う……?

 仮面に隠されていない口元も、仮面の奥の瞳も、いつもならほとんど感情を表すことなんて無いのに、今見上げている閣下の目は、仮面の奥で僅かに眇められていた。

 満足げにしているときとも違う。少し鋭さを含んだ視線に、思わず身体を硬くする。心なしか、薄い唇までもきゅっと厳しく引き締められているような気がした。


 ――お、おいかり……?


 今までになくただならない様子に冷や汗が……ではなくて、全身の毛がぶわりと逆立った。今の私はきっと鳥の巣頭さんが面白がっていたまん丸毛玉の状態だ。だけど、閣下はもちろんニコリともしない。

 ど、どうしよう、お昼までに戻らなかったから怒ってるのかな? ううん、それよりも、お屋敷を出たことがまず駄目だ。だけど、これは不可抗力で……!

 心の中で必死に言い訳をするけれど、どれも閣下には伝わらない。

 ああもう、喋れないって、本当にもどかしい……!


「――閣下!」


 どうやって私は悪くないんだって伝えようかと焦っていると、こちらも焦ったような声が聞こえてきた。

 鳥の巣頭さんの声だ。


「突然 屋敷を飛び出すなんて!」


 振り返ると、鳥の巣頭さんが鹿毛の馬を駆って近づいてくるところだった。

 結構な速さで掛けて来ていたから蹄の音が聞こえていたはずなのに、私は色々と焦りすぎて、全然気づかなかったみたいだ。閣下から視線を外したことで、近くの木の陰にもう一頭、黒毛の馬がいるのにも気づいた。閣下はきっとあっちの馬に乗って来たんだろう。


「あれ、セレスタ? ――ああ、なるほど」


 一人納得顔の鳥の巣頭さんが、馬からするりと降りる。

 あまり関係はないけれど、早駆けして来た割には息が少しも乱れていないって、凄いなあ。

 鳥の巣頭さんはお屋敷の管理から閣下の補佐的なことまでこなしているようだから、自然と体力が付くものなんだろうか。

 鳥の巣頭さんは馬の首を一つ叩いて、こちらへゆっくりと近づいて来る。その足取りは軽いのに、なんだか一歩踏み出すごとに黒い何かがぶわりぶわりとあふれ出しているみたい。

 ……これって。


「脱走。かな? 遂に本性を現した?」


 ――やっぱり!!

 物凄く疑われてるっ。


 獣にも顔色というのがあれば、今の私は間違いなく真っ青になっていると思う。

 只でさえ閣下も怒らせてしまっているというのに、その上鳥の巣頭さんにまで糾弾されたら、どうすればいいの!?

 どうにか、お屋敷を出たのは不可抗力なのだと伝えたいけど、精霊の所為だなんて当然言えないし、例え言えたとしても信じてもらえるかどうか怪しい。

 でも、ここで弁解出来なければ、きっともう閣下が何を言っても、鳥の巣頭さんは私を放っておいたりしないだろうし、それに今のお怒り状態の閣下が庇ってくれる可能性も低い。

 私は必死になって頭を回転させる。

 どうにかして、今の状況を伝えなくちゃいけない。

 そこでふと、低木の根元で見つけた小さな原石のことを思い出した。さっきまでは閣下の登場と予想外のお怒りですっかり忘れていたけれど、あれを見せれば何かが変わるかもしれない。ううん、あれを見せるくらいしか、私が起こせる行動が無いような気がした。

 そう思うが早いか、脇をしっかりと掴んでいる閣下の手を毛むくじゃらの手で必死に叩く。さらに首と足をじたばたと激しく動かすと、少し驚いたらしい閣下の手が僅かに緩んだ。

 空かさず身体を捻って地面に飛び降りた。


「!」


 ――私もやれば出来る子なんだからね!


 捕まえられる前に急いで低木の根元へと飛び込むと、そこにはまだちゃんとセレスタイトの原石が転がっていた。それを見て安堵の息を吐く間も惜しく、かぷりと原石を加える。ちょっと涎でベタベタになっちゃうけど、仕方ないよね!


 わしっ。


 ――ずるー。



 ……。


 やっぱり引き摺り出されるんだね……。

 うぅ。私の顎、血出てない……? 大丈夫?


 くるりとひっくり返されて、閣下のご尊顔が見える。でも、お怒りの表情を見るのは辛いから、慌てて目を閉じて、代わりに口をぱっかりと開いて見せた。


「……」


 たぶん私は今、すごく間抜けな顔をしているはずで、沈黙がとっても痛い。それでも暫く我慢していると、ぐいっと抱えなおされる感覚がして、口の中の原石も取り上げられたのが分かった。気づいてもらえたみたいだ。

 目を開けると、閣下が静かにセレスタイトの小さな原石を見つめていた。木漏れ日の光を受けて、閣下も原石も煌いていて綺麗だ。暢気にもそんなことを思ってしまった。

 そこへ鳥の巣頭さんも近づいて来て、閣下の隣から小さな原石を覗き込む。


「へえ、セレスタイトの原石ですか。どうしてまたこんなものが森に――」

「キュウ!」


 鳥の巣頭さんの言葉にちょっと被ってしまったけれど、私は声を上げて、右手の爪に引っ掛けていたものを突き出した。

 濃紫色の拙い、私の手作りの飾り袋だ。

 先に原石を咥えてしまったからそれ以上口に入れるわけにはいかなくて、閣下に鷲掴みにされたときに咄嗟に爪を立てておいたんだ。上手く爪に引っ掛かっていてよかった。


「……この飾り袋に入っていた、ってことかな?」


 鳥の巣頭さんが私の爪から飾り袋を取り上げて言う。

 じっと原石を眺めていた閣下は、それを一瞥してから原石の方も鳥の巣頭さんに手渡した。


「……魔力の匂いがする」

「え?」







余談かつ今更ですが、セレスタイトはとっても綺麗な石なので、興味のある方は検索してみてください。

ファラ(セレスタ)の瞳と似ている薄水色の石を探していて行き着いたのですが、すごく好きな色合いだったので、これだ!と思いました。



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