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21.飛べない毛玉



 お屋敷の中を歩く許可をもらってから、少しずつ探索をしている。

 お屋敷の中をよたよたと歩く白い魔獣は、さぞ不思議な光景だったようで、お仕事途中の侍女さんたちとすれ違う度に呆然とこちらを凝視されてしまった。大抵その視線には、近づこうかどうしようかという迷いが生まれるのだけど、結局、私に寄って来てくれる人はいなかった。

 お仕事熱心なのはいいことなんだろうけれど、交流を広げたい私にとっては困ったことだ。

 でも幸いなことに、厨房の料理人さんたちは概ね私に好意的だった。

 口に入るものを扱う人たちだから、触ったり撫でたりはしないけれど、顔を出すと必ずタリアの実を一粒くれるのだ。思ったよりもいい人たちでよかった。……食べ物をくれるから言うわけじゃないけれどね?

 お屋敷全体には、やっぱり静かでどこか張り詰めたような空気が流れている。でも、個人で接してみれば、一人ひとりは決して冷たいわけじゃないということがわかって、ほっとした。

 主観的なものだけど、最初の印象でセイレア様のお屋敷と比べて此処は冷たい場所のように感じてしまったから、閣下がそんな場所で生活しているのかと思ったら悲しいと思ったんだ。実際は違ったから、本当によかった。




「――お、また来たのか? 味を占めやがったな」


 今日も今日で、私は厨房を訪れている。

 うん、正直に言うと、タリアの実をもらいに来ました。

 だって、やっぱり人間だったときの記憶が残っている所為か、毎食のミルクは飽きてしまうのだ。どうやら鳥の巣頭さんはそれを見越して、色々と工夫をしてくれているみたいなんだけれど、たまには違う味のものが食べたくなるんだもの。

 とは言え、とっても良い香りが漂う厨房に来て、タリアの実一つで我慢する私の精神力は、中々強いと思う!


「ちょっと待ってろ」


 お昼が近くなっているから、厨房の中は音が溢れている。調理器具や食器のぶつかり合う硬質な音、料理人さんたちの怒声にも似た叫び声が飛び交っていて、すごく賑やかだ。忙しい時間に邪魔をしてしまうのは気がひけたけれど、私にタリアの実をくれるのは他でもない料理長さんだから、問題ないよね。


「ほらよ」


 目の前に半分だけ皮が剥かれた状態のタリアの実が一粒置かれる。白いタリアの実は瑞々しく輝いていて、涎が垂れてしまいそう。

 私はお礼の気持ちを込めて、ちょっと厳つい顔の料理長さんを見上げて一声鳴いた。


 いつもありがとう御座います!


 すると、私に合わせてしゃがんでいた料理長さんはちょっとだけ表情を緩めて、身を起こした。仕事に戻るんだろう。それを見て私はタリアの実を口に咥えた。潰さないように、気をつけないと。


「――お前、今日もソレどこかに持って行って食うんだろ? 屋敷を汁で汚さないようにな」


 思い出したように振り返った料理長さんに言われて、答えるように、喉の奥で声を出す。そして私は厨房を後にした。


 そうなんだ。

 私はこの、タリアの実を厨房でそのまま食べるわけじゃない。

 厨房で食べてもよかったんだろうけれど、イェオラの習性なのかな? どこかでこっそり隠れて、ゆっくり食べたいという……。盗み食いでもないのに、可笑しいよね。

 そんな可笑しな衝動に逆らわず、落ち着ける場所を探していた私は、この前いい場所を見つけたんだ。


 私はタリアの実を咥えたまま、一階のテラスから庭へ降りた。

 今日も空は晴れていて、とてもいい天気だ。雲がゆっくり流れているから、風もそんなにない。絶好のお散歩日和だ。

 緑の香りがする庭を横切り、生垣の小さな隙間を通り抜けて、小さなアーチになっている空間を進むと、その先にぽっかりと開けた場所がある。それほど広さがあるわけじゃないけれど、いい具合に日差しが遮られていて、お昼寝には絶好の場所だ。

 私はそこで、一度タリアの実を口から出し、半分だけ残った皮を両手で押さえて少しずつタリアの実を齧った。大事に食べないと、勿体無い。

 低木の隙間からキラキラと太陽の光が降り注ぎ、時折吹き抜ける風は適度な温度で気持ちがいい。

 ほんと、至福のときみたいだ。


 ゆっくりとタリアの実を味わった私は、皮を近くの植え込みに置いて立ち上がる。

 実は、この場所はタリアの実をこっそり食べたり、お昼寝をしたりするためだけの場所じゃない。

 こっそり、には変わりないんだけれどね。


 私は、開けた空間の端まで行って、深呼吸を始める。

 それほど離れていない反対側の端を見据え、一気に走り出した。


 風に身体を持ち上げてもらうような感覚をイメージして、あまり自由に動かない四本の足を必死に動かす。

 私自身では精一杯の駆け足で走り抜けたけれど、今回も結局、体力を消耗しただけで何も感じることはできなかった。


 何をしているのかというと、騎獣になるための練習だ。完全に自己流ではあるんだけれど……。


 イェオラは、大地に属し風を友にする魔獣だ。大柄で、見た目はあまり俊敏さを感じない魔獣だけれど、風の力を得て身体を浮かせて走ることができる。

 私は魔獣としての記憶がないから、風の操り方なんて全くわからない。だけど、何もしないまま大きくなって、いざ騎獣としての訓練を、と言われて全く何も出来ないのでは、閣下に迷惑が掛かると思ったんだ。

 だから、少しでも早く練習を始めて、できるだけ早く閣下の役に立てるように自分でも何かできないかと思っているところに、この場所を発見した。

 ここなら、閣下の私室のバルコニーからも死角になっているし、可笑しな動きをしていてもいぶかしがられないと思ったんだ。

 だけど、成果は全くと言っていいほどに、出ていない。

 自己流だから仕方ないにしても、気落ちしてしまう。

 タリアの実を隠れて食べたり、食事の後に思わず毛繕いのようなことをしたり、本能的な部分も見え隠れしていたから、ここまで難しいことだとは思っていなかった。

 何度か練習すれば、少しくらいは風を捉えられるかと思ったのに。人間のときと同じように、普通に大地を駆け抜けるだけで魔力の流れなんてものも感じない。

 これでは騎獣として閣下の役に立つ道も断たれそうで、すごく不安になってしまう。

 それでも、諦めずに何度も繰り返していれば、いつかは。

 だって、私は魔獣のイェオラだもの。

 もしかしたら、まだ成長が足りないのかもしれないけれど、栄養価の高いタリアの実も毎日食べているから、いずれは身体も大きくなるはず。

 そしたら、もっと身体も自由に動かせるようになって、きっと風の力も借りられるはずだよね。


 そう思いながら、何度か練習を続けていると、急にふわりと暖かい風が私の周りを取り囲んだような気がした。


 も、もしかして!


 期待に胸を膨らませんがら、再度走り出した。

 ちょっと飛ぶようにすると、身体が何かに押し上げられるようにふわりと浮いた。


 や、やったあ!


 嬉しくて、勢い込んで足を振る。

 風の力を借りて走ると、どれくらいの速さになるんだろう。この狭い空間ではあっという間に端に辿り着いてしまうかもしれない。

 そんなことをわくわくしながら考えたけれど、私はそこでふとおかしなことに気づいた。


 あ、あれ……? なんだか進む方向が違わない?


 意識は前へ前へと働いているのに、何故か身体がするすると後退し始めていた。

 私は慌ててひとまず地に足を付けようかと藻掻いてみたけれど、地面に身体を降ろすこともできなくて、益々焦る。

 風の力と思われるそれは、既に……というよりも、初めから私の制御の範囲外にあったようで、どうすれば前に進むかどころか、地面に下りる術すらわからない。

 どうしようどうしよう、と混乱と恐怖が増して来るうちにも、身体は勝手に後方へ進んでいく。後ろから流れていく景色を見ると、生垣のアーチを潜り抜けているようだった。


 こんなことなら、一人で練習なんてするんじゃなかった……!


 このまま風の力が抜けなければ、私は何処まで行ってしまうのか。

 泣きたくなって、ぎゅっと目を瞑る。

 ふっと生垣のアーチを抜けた気配がした途端、ぶわり、と今までに無い勢いで身体が浮くのがわかった。たぶん、目を開けば遥か下に地面があるに違いない。怖くて、目を開けることなんて出来ないけれど。



 ――閣下、助けて……っ!

 





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