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19.あっという間の



「この子はセレスタ。此処で面倒を見ることになったから、宜しくね」


 ……なんて簡潔な紹介なの、鳥の巣頭さん。

 広間に集められた使用人さんたちも、なんだか微妙な顔してるよ?


 今、私は鳥の巣頭さんに抱かれてお屋敷の使用人たちに引き合わされている。


 あの後も閣下がお仕事に執りかかることはなくて、鳥の巣頭さんが朝食を持ってくるまで二人してソファの上で微睡んで過ごした。珍しくのんびりとした朝だった。

 そのゆったりとした時間のお陰で不安定だった私の気持ちもすっきりして、またこれから頑張ろう、ってやる気を補充できた気がする。それはもう、朝食を終えて私を迎えに来た鳥の巣頭さんに『さあ、いつでも行けるよ!』と思わず仁王立ちして待ち構えようとして、踏ん張り切れずに後ろにひっくり返ってしまったくらいに。

 それを真正面から見た鳥の巣頭さんはもちろん大爆笑だったよ。そんなに笑わなくてもいいのにね。

 閣下の本での制裁を受けていたからいいんだけどね。もう!


 それよりも、今は私の目の前に、沢山の使用人さんたちがいることに驚いている。

 広間に集まっている人たちで全員かは分からないけれど、ざっと見ただけで20~30人くらいはいるかな?

 沢山と言っても、お屋敷の大きさに対したらそこまで多くはない人数なんだけれど、それでも正直、びっくりしてしまった。だって、私が今まで見たことがあるのは、テラスから見た庭師の人くらいだったから。

 いくら行動範囲が限られたものだったと言っても、こんなに使用人さんたちがいるのに、どうして今まで一度も会わなかったんだろう。


 実は、ずっと不思議には思っていた。

 閣下の私室や執務室に顔を出すのはいつも鳥の巣頭さんばかり。私室も執務室も塵一つ落ちていないから、少なくとも掃除には入っているはずなのにその気配を感じたこともない。

 それに、私が自由に行動できる範囲は私室と執務室だけだったけど、湯殿や食堂には出入りしていた。だけどどちらに行った時も鳥の巣頭さん以外の人を見たことはない。湯殿はまだしも、食堂だったら料理人の人が数人は残っていてもおかしくはないはずなのに。移動の途中ですら他の使用人の人に遭遇したことがなかった。

 湯殿も食堂へ行くのも暗くなってからだけど、普通、使用人が主の食事が終わるのも待たずに休むなんてないと思うんだけど……。

 あんまりにも人気がないから、もしやお屋敷の管理は全て閣下の魔法でしているのかな、なんて、ちょっと本気で思いかけていたくらいだ。


 でも流石にそんなはず無いよね。

 日の出と一緒にお仕事を始めて、遅くまで執務机の前にいたりすることもある閣下に、鳥の巣頭さんがそんなことまでさせるとは思えないもの。たとえ閣下がそれを望んでも、鳥の巣頭さんなら笑顔で却下しそう。そして押し切りそう。

 それを証明するように目の前に並ぶ使用人さんたちを見て、私は安堵した。これだけの人たちがいるということは、彼らがちゃんとお屋敷の管理をしてくれていることで、閣下が大変な思いをしているわけじゃない、ってことだ。

 閣下は表情が乏しくて、嬉しいとか楽しいっていう感情を表情から読み取ることは難しい。それと同じように辛いとか苦しいとか、悲しいっていう思いも感じ取れないんだ。

 だから少し心配になる。実は色々と無理をしていたりするんじゃないかな、って。

 私は閣下に出逢ってまだ一週間足らずで、些細な機微から閣下の様子を慮ってあげることは出来ない。一緒にいるときに“満足そう”とか“楽しそう”っていうのをほんの少し感じ取れるくらいだ。

 恩人である閣下に何か少しでも返したいと思うけど、何をすれば閣下が喜んでくれるのか、何かをしたところで本当に喜んでくれているのか、それがわからない。逆に、何が嫌なのかもわからないから、もし私の行動で不快に思っているようなことがあっても気づいて上げられない。それが凄く、もどかしい。

 まだ身体が幼い私には出来ることなんて無いとは思うけど、でも……。

 鳥の巣頭さんならちゃんと分かって上げられているのかな。それはそうだよね。私なんかよりもずっと一緒にいるし、何よりそれが鳥の巣頭さんの仕事でもある。

 何だかちょっとだけ、悔しいな。


「あの、セネジオ様……」


 女の人の声で、私は意識を目前の人たちへと戻した。思考があらぬ方向へ向かっていた気がする。


「何だい、ヨルダ侍女長」

「失礼ながら、……その子はイェオラの子とお見受けします」

「うん、そうだね。それが?」


 鳥の巣頭さんの声はあくまでも穏やかだ。何を考えているかはわからない。

 侍女長さんは、困惑気味だった。でもその気持ちはすごくわかる。

 突然集められて、保護対象であるイェオラの子供を飼うなんて何でもないことのように言われたら、困惑するしかないよね。猫や犬を飼うようにはいかないし、色々と気遣わなくちゃいけないことも出てくる。私自身からしたら、何か特別なことをしてほしいとか必要だとかは思わないけれど、実際にはどうかわからない。イェオラの生態までは、私も知識がないから。……また少し不安になってきてしまうけど。

 とにかく、鳥の巣頭さんがさらっと言って終わりにしようとするのは、間違っていると思う。


「――飼うに当っての申請などは……」

「もちろん済ませてあるよ。細かいことについては、あまり気にしなくていい。面倒を見るのはこちらでやるから。君達は、この子が屋敷を歩き回っていても驚かないでくれればいいから。――あと、悪戯したり可笑しな行動を取っていたら止めて」


 悪戯なんてしないよ!


 身体はまだ小さいけれど、意識はそんなに幼いつもりなんてない。

 ファラティアだった頃、悪戯好きなのは専らセイレア様で、私はよくそれにつき合わされ振り回される側だった。だからむしろ、あまり好奇心は旺盛な方じゃないと思う。身体を動かすのは好きだけれど、人を驚かせたりからかったりするのは別に好きじゃないし、そういう方面に体力や労力を使いたいとは思わないもの。

 私はそう思いながら胡乱と鳥の巣頭さんを見上げたけれど、鳥の巣頭さんは何処吹く風で、私の視線なんて気にした風も無く使用人さんたちに目を向けている。

 侍女長さんは納得はしつつも、まだどこか困惑を隠せないように眉尻を下げていた。

 私に何かあれば側にいた人の責任も問われるだろうから当然だ。私自身が迷惑を掛けないように、注意しなくちゃいけないと思った。


「ははあ、このところミルクの減りが異常に早かったのはその子の所為だったんですか」

「アハハ! うん、まあね」


 白い制服を着た料理長らしき人が言って、私は思わずぐっと喉を詰まらせてしまう。

 何も悪いことはしていないんだけれど、なんとなく恥ずかしくなるのはどうしてだろう……。たくさん飲むのは、育ち盛りだからなだけで、決して私が大食いだとかいうわけじゃないからね……!


「まあとにかく、これは閣下の御意思だから。多少の面倒はあると思うけど、理解してくれると助かるよ」


 鳥の巣頭さんがそう言うと、少しざわついていた使用人さんたちはぴたりと静かになった。まさに水を打ったように。

 なんだか少し不自然にも感じられたけれど、気のせい……かな?

 

「じゃあ解散。各自、仕事に戻って」


 固くなったような気がした空気に気を取られていたら、え、と思う間もなく、皆は静かに広間を後にしていった。


 ――終わり……?


 もっと色々と説明とかするものだと思っていた。私をお屋敷に置くことにした経緯とか、どういう風に面倒を見ていくのかとか。

 ものすっごく簡潔じゃなかった?

 “この子飼うから、よろしく”“申請はしてあるし、閣下の御意思だから”。

 要約するとそれしか話していなくない?


 私が戸惑いのまま鳥の巣頭さんを見上げると、それに気づいた鳥の巣頭さんが私に視線を合わせた。いつも通り雰囲気で何が言いたいのか察してくれたらしい鳥の巣頭さんは、にっこりと笑いながら言う。


「顔合わせはこれで終わりだよ。詳しい説明なんて特に必要ないからね」


 当たり前のことのようにそう言ったけれど、私は何か釈然としなかった。使用人さんたちだってきっとそうだ。

 それに、使用人さんたちの顔を覚える間もなかった。使用人さんたちは私のことを認識してくれただろうけれど、私は声を発した侍女長さんと料理長さんの顔しか覚えられなかった。もう少しくらい、どんな人がいるのか見る時間をくれたらよかったのに。


「さあ、屋敷の中を案内するよ。とりあえず、昼食前に戻って来られる範囲内だけでいいね? 君は腐ってもイェオラだし、一匹で歩き回るのは誘拐の危険もあるから、そこはあとで閣下に相談しないといけないな」


 ……腐っても、って。

 なんだか、厨房での出来事以来、微妙に鳥の巣頭さんの不遜な発言が目立ってきた気がするのは気のせいなのかな。気のせいじゃないよね、これって。だって“腐っても”だよ? ひどくない?

 とてもいい笑顔なのが逆に怖いよ、鳥の巣頭さん……。


 結局、色々ともやもやしたものが残ったまま、お屋敷を案内してもうことになったのだった。






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