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16.一回転して着地



 鳥の巣頭さんは朗らかに笑ってはいても、やっぱり油断ならない人だった。

 暢気に構えていた私を逐一観察していたと知って、少なからず落ち込んだ私に気づかないのか気にしていないだけなのか、鳥の巣頭さんはいっそ軽快な声で言う。


「そもそも。君が何故、生息地でもない屋敷の裏の森に居たのか? 前にも言った通り、一番先に思い浮かぶのは君が密輸の被害にあったということだけど」


 ここで「密輸被害にあっただけ」と言えたらどんなによかっただろう。

 でも生憎、私は森で行き倒れていた記憶すらないから何も言えなかった。

 鳥の巣頭さんは顎に手を当て、少しだけ首を傾げながら続けた。


「でも密輸と仮定すると、疑問が山ほど浮かぶんだ。

 まず、厳しい監視下にある保護区域から危険を冒して連れ出したのに、何故置き去りにしたのかってことだね。隠蔽には厳重に気を遣っていただろうから、誤って籠から落ちて気づかぬまま……、なんて到底考えられない。もしそれが事実なら、死ぬほど愚か者と罵られても仕方がない間抜けぶりだ。

 じゃあセレスタ自身が病気や衰弱、何かの理由で弱りすぎて回復が見込めなかったから? でも、拾ってきた晩、俺達は君に特に手厚い看護をしたわけじゃない。ひと晩ゆっくり身体を休めれば回復したのに、何故手放したのか。手放すにしても、密輸の証拠となるセレスタ自身を置き去りにするとは思えない。足がつく危険が高まるからね。密輸を諦めるとしたら、あんなところに放置しないで、さっさと殺して何処かに埋めてしまった方がよっぽど安全だ。

 だとすると、あえてあの場所に置き去りにした、という可能性が出てくる」


 ……なんだか、ところどころに黒い言葉がボロボロ出てきているような気がするのは気のせいかな。鳥の巣頭さんはまるで天気の話をするみたいに普通の顔で話しているけど……。


「何か意図があって、森に君を置いて行った。――たとえば、森を頻繁に利用する“誰か”に拾ってもらい、その“誰か”の情報を得るためとかね」


 そんな……!


 鳥の巣頭さんが言う“誰か”が閣下を指していることは明らかで、私は閣下に対する密偵の可能性を疑われているとわかった。

 全然違うのに!

 否定の声を上げようとしたら、鳥の巣頭さんの方が先に片手を挙げ、制止されてしまった。

 閣下が宥めるように私の頭を撫でる。……閣下、今ここで私に変な顔をさせるのはやめてください……。顎を撫でたときはもっと優しく出来ていたのに、頭だとどうして力が入っちゃうの?

 若干脱力してしまったけど、鳥の巣頭さんが先を続けたから、そちらに集中した。


「でも、だ。屋敷に潜り込ませるなら、何もイェオラなんて貴重種じゃなくてもいいんだ。もっと飼ってもらえる可能性の高い愛玩動物の方が確実だろう? 魔力を持った動物、という条件を加えたって、これは変わらない」


 確かに、イェオラも魔力を持ってはいるけれど、他にも魔力を持った動物ならいるものね。


「智慧ある動物が望ましいとしても、君はまだ小さい。何かを教え込むのは難しいことだし、裏切ってしまう可能性だって高い。君くらいの幼さの生き物は、長くともに時を過ごした方に傾倒していくものだからね。

 ……そう思っていたんだけど」


 鳥の巣頭さんは目を眇め、傾げていた頭を反対側へ倒す。


「どうも君は普通の魔獣には見えない」


 きっと、言葉のことだ。そう思ったのは正しかった。


「ここ数日の君の行動はどう考えても俺達の言葉を解していた。野生の魔獣では有り得ないことだ。ここでも密輸の可能性が下がるわけだ。まあ、可能性が零でない以上、調べはするけどね。

 だけど情報収集の道具という点で、君が人の言葉を解しているとなると他の動物や魔獣では代用できないし、君が此処で聞いたことをどうにかして引き出すことが出来るなら、話は変わってくるよね」


 鳥の巣頭さんの言っていることはいちいち尤もだった。

 言葉を理解していても、私が自分の意思や気持ちを伝える術を持っていないのは、閣下の食事に関してもそうだし、今持たれている疑いにだって何も反論できないのがいい証拠だと思うけど、それだって鳥の巣頭さんからしたら装えばなんとでもなると思えるはずだ。

 何も考えずに取っていた行動がこんな大きな誤解を呼ぶなんて……。

 ただ、閣下が私を放り出さないことだけが、小さな希望のように思えた。


「自分が何者か、或いは何が目的か。今この場で全て曝すなら、先を考えてあげてもいいけど?」


 身体が硬直する。厨房の隅の闇が、濃度を増した気がしてふるりと震えた。

 何をどうすればわかってもらえるのか、頭は真っ白でなにも思い浮かばない。


 でも結局、再び厨房を満たし始めた緊迫感を、軽い音で打ち壊したのは閣下だった。


「――いてッ」

「……遊ぶなと言った」


 本は現れなかったけど、スープを掬うオタマが鳥の巣頭さんの頭をコツリとひとつ叩いていった。


 ……。


 ちょっと間抜けな音に、どんな反応をすればいいのかわからなくて目を瞬いていたら、鳥の巣頭さんがくしゃくしゃの頭を擦りながら閣下を恨めしそうに見やった。


「閣下、もう少し柔らかいもの選んでくれません? こぶができそうです。それに、遊んでいたわけではなく……ちょっとからかっていただけですよ。セレスタの毛が浮いたりへたったりするのが面白くてアハハ」


 ……今なんて?


 聞き捨てならない言葉に我に返った私が胡乱な目を向けると、それに気づいた鳥の巣頭さんはにっこり微笑んだ。


「悪意ある者が差し向けたにしては、君の行動は腑に落ちない。ただ情報を得るだけなら閣下に食事を促す必要なんて無いだろう? もし密偵でなく、暗殺が目的なら尚のこと。自ら死に近づく行為を止めるわけがない。……まあ、暗殺ならもっと単純で安全な方法が万とあるから、端からその可能性は除外しているけれどね。

 それに、君は言葉を解しているだけでなく、自分で考え、判断することも出来るようだから、無理に必要の無いことをするとも思えない」


 ――つまり、どういうことだろう……?

 

「つまりだ」


 鳥の巣頭さんのアーモンド形の鳶色の瞳がじっとこちらを見据えてくる。


「君は普通のイェオラとも思えないけど、今のところただのちょっと変わったイェオラってところかな」


 ……。


 ……えーっ!?


 息を飲みながら耳をそばだてて身構えていたのに、あっさりと言い切った鳥の巣頭さんに、脱力した。

 じゃあ、私の反応を見て楽しむためだけに脅したってことなんだろうか。……こちらは心臓が潰れるかと思ったのに。


「まあでも、万が一、ということもあるからね。あと1つ、気になることもあるし……まあこれはまだ何とも言い難いからいいんだけど。とにかくどんなに否定しても君自身の不自然さは拭い去れないし、君自身が知らぬうちに利用されているという可能性だってある。その場合でも、此方に危害が及ぶなら躊躇はしない、ってことだけ覚えておいて欲しいなハハハ」


 要は、牽制ついでに面白がっていた、ってことだよね……。


 掴みどころのない人だとは思っていたけれど、鳥の巣頭さんは本当に油断ならない人だ。

 実際楽しんでいるとしても、その陰で行動にはきっちりと意味がある。


 ただ、侍従として鳥の巣頭さんのそういう行動が正当なものだと理解していても、爪の先ほども閣下に害を為そうとなんてしていなかった私は、なんだか凄く濡れ衣を着せられた感じだ……。急激に疲労感が湧いてきた。

 でも一方で、私は自分を叱咤する。

 人の言葉を理解できても喋ることができない今の私は、閣下の食事に対してしたように、私が潔白であることを態度で示すしかない。

 私は心の中で一つ頷くと、キュウと一声鳴いて鳥の巣頭さんの言葉を受け入れた。

 閣下に不利益になることは出来るだけしないよう注意する。

 鳥の巣頭さんを真っ直ぐ見つめて鳴いた私に、鳥の巣頭さんは『やあ、本当に言葉がわかるんだねえアハハハ』なんて今更言ったから、思わず私は『確信ないのに牽制したのっ!?』って叫んでしまった。もちろん、イェオラ語で。……イェオラ語はわからないけれど。




 ◆◆◆◆


 その後、疲れ切った私は脱力したまま閣下に寝室まで運ばれた。

 肉体的にも精神的にも辛い一日だった。

 閣下に食事をしてもらうため、私も断食状態だったし、やっと成果が現れたと思ったら、今度は鳥の巣頭さんに追い詰められて。

 もう二度と経験したくないな、と思いながら寝台の上で伸びていたら、湯浴みを終えて寝台へと寄って来た閣下が静かに私のお腹に銀の頭を寄せてきたからギョッとした。

 何事かと閣下を見たら、直ぐに頭を離して、ぽつりと言った。


「飼ってる獣は寝たか」


 ……。


 ……この方も大概、自分の歩調を乱さないよね。


 そりゃあ夕食前には凄くお腹は鳴ってたけど! 獣が鳴いてるんじゃないか、ってくらい鳴ってたけど!

 閣下の所為でしょ! と、憤慨した私は閣下の脇腹あたりに頭突きをお見舞いした後、閣下の手の届かない寝台の下へと潜り込んで不貞寝した。掃除が行き届いてるから、何も問題はない。

 本当に散々な一日だったと改めて大きな溜息が洩れた。







鳥の巣頭は根性が悪いのかなんなのか……。

結果的にファラは振り回されただけという……。哀れ。


この物語は微コメディ、微ほのぼの、微シリアス。です。(こんなところで宣言



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