日の光の下で(2)
「で、今度は一体何事なの?」
保健室に現れた面々を見て、保険医は額を押さえ込む。
急病人が出たからと、朝早くに呼び出され、診察が終わったと思ったら今度は傷だらけの男女三人。 ここは確か平和な学園の一角にあるはずだ。
どこぞのアマゾンの医療班のテントではない。
「とりあえず、楓の治療をお願いします」
「また、あなたなの?」
「はい。その、お世話になります」
明らかに呆れている様子の保険医に、楓はペコリと頭を下げる。
「倒れた片桐さんといい、一体何をやっていたのかしら?」
ブツブツと文句を言いながら、楓の擦り傷をテキパキと消毒していく。
「あの、透子さんは大丈夫なんでしょうか?」
「平気よ。一時的に意識を失っただけみたいだし。今は奥で寝ているわ……はい。終わりっ」
ものの十分もしないうちに治療は終わる。
学園の保険医と言えども、日本屈指の名医と呼ばれていた人物。
口は悪いが、その適切な処置には定評がある。
「私、ちょっと見てくるね」
そう言うと、楓は奥の部屋に向かう。
治療室の奥は病室になっており、いくつかのベットが並んでいる。
その中で、一番奥の窓際だけ、仕切りカーテンがピッタリとしまっている場所があった。
「失礼します」
小さな声で言い、楓は中に入り込む。
透子は上半身だけを起こし、窓の外を眺めていた。
「無事でよかったです」
透子が意識を取り戻したのを自分の目で見て、楓は安堵のため息を漏らす。
「……」
その言葉で、透子はやっと楓の方に向き直る。
その目にはもう狂気の色はなく、穏やかだった。
「私はあなたを殺そうとしたのよ?」
ぼんやりと楓を見つめ、透子は言葉を零す。
「それは違います。透子さんが悪いわけじゃなくて、その操られてただけっていうか」
何と説明していいのか分からず、楓はオタオタとする。
「いいえ。あれは私の意志だったわ」
透子はきっぱりと言い放つ。
「でも……」
「仮に背中を押した誰かがいたとしても、私はあなたを殺したいと思うほど憎んでいたんですもの」
静まり返ったその場で、透子の澄んだ声は、楓の耳にはっきりと届く。
透子の瞳は、楓の姿を捉えている。
「どうしてですか?」
震える声で問う。
楓にとって、透子は憧れの存在。
初めて見たとき、何て綺麗な人なんだろうと思った。
話をして、もっと好きになった。
こんな女性になれたらと、いつも思っていた。
そんな相手の口から、殺したいと思うほど憎んでいたといわれるなど、思いもしなかった。
「あなたがそれを問うの? あなたはそうやって、私がほしくてほしくて仕方がないものを、簡単に手に入れてしまうのね」
初めて透子から笑みが零れる。
自嘲気味なその笑みが、楓には痛い。
「……それでも、私は透子さんが好きです」
暫くの沈黙の後、楓は透子に言う。
その言葉に透子は目を見開き、キッと楓を睨む。
「ふざけないで! 自分を殺そうとした女を好きですって? いい子ぶるのも、いいかげんにしたらどうなの? それとも、私を憐れんでいるのかしら?」
今まで見たこともないほど強い口調で、透子は怒りに任せて言葉を吐き出した。
「違いますっ。私はずっと、透子さんが憧れで目標にしてきたんです。嫌いだって言われても、そんなすぐには嫌いになれないです」
怒気を含んだ透子の言葉に負けじと、楓は意気込んで言い放つ。
「馬鹿馬鹿しいわ」
はき捨てるように言い、楓から目をそむける。
「あの時、落ちた私を放っておいてもよかったはずです。でも、透子さんは綜ちゃんに話してくれたじゃないですか。殺したいほど憎かったのなら、どうして知らせてくれたんですか? それはきっと透子さんが……」
「出て行ってっ。あなたの正論はうんざりだわ」
目を背けたまま、言葉だけを楓に投げつける。
「もう逃げないことにしたんです。自分の気持ちに、正直に生きようって。私は透子さんが好きです。だから、透子さんが私を嫌いでも、私は透子さんを嫌いにはなりません」
一度深くお辞儀をして、楓はその場を後にした。
「……だから私は、あなたが嫌いなのよ」
その場に残った透子は、唇をかみ締め言葉を吐き出した。