最後の記憶の欠片(3)
「ヒジリ?」
「楓。また会えてよかった」
先ほどまでとは明らかに違う柔和な表情。
楓は言葉が見つからず、ただヒジリを見つめる。
「ごめんね。楓。君の声に答えてあげられなくて。でも僕はどうしても、楓のような人間だって居るってことを、彼自身に分かってほしかったんだ。」
聖の言葉に楓は大きく首を振る。
「ううん。謝らなきゃいけないのは私だよ。あなたのことをずっと忘れてたんだもの」
「いいんだよ。それでも君は思い出してくれた。だからいいんだ」
泣き出しそうな楓を見て、聖は優しく微笑む。
「ルナ。君にもつらい思いをさせたね」
その場で俯いていたルナに言葉を向ける。
「いいえっ。あなたにまた会えたから。それだけでいい・……です」
ルナは言葉を詰まらせる。
「ありがとう」
「それで、これからどうするんだ。あんたは」
綜一狼はヒジリに問う。
「僕の意識はまた彼の下で眠る」
その問いに、穏やかな顔で微笑み答えた。
「そんな……」
楓は言葉を失う。
「元々の主人格は彼だから」
「え?」
「仕方がなかったんだ。一族を生かすためには、優しさは弱さになる。守るためには強くなければならない。半端な同情心や優しさは邪魔だった。だから、彼は僕を作り上げた。表には出さない弱い自分を」
その場にいる全員を穏やかな瞳で見回す。
「けれど、僕は現れてしまった。本当に偶然に。そして気まぐれから、外の世界に飛び出した。途中、怪我をして動けなくなってしまった僕を、楓と楓の両親は本当によくしてくれた。僕はそのとき初めてはっきりと思った。生きたいと。外の世界にずっと居たかった。自由になって、君の側にずっといられたらって思った」
ヒジリは楓を愛しそうに見つめる。
「ヒジリ……」
「でも、彼はそんなことを許すはずはなかった。当たり前だよね。僕じゃあ、一族を纏め上げられないし、僕自身戻る気なんてなかったし」
悲しそうに微笑む。
「だから僕は、一族を抜けた者たちに協力をした。聖の独裁的なやり方に反旗を翻した者たち。それが、綜一狼の母親で渉の兄弟たちだ」
聖の視線に、綜一狼と守屋は複雑な表情になる。
「彼らと結託して空の涙を盗み出し、僕自身と一族の解放を目論んだ。その結果、抜けた者たちのほとんどが抹殺され、僕自身、結局彼の中に封印されてしまった。そして十年後、こうしてまた楓に会えた」
「でも、また会えなくなっちゃうんでしょ?」
真実がどうであれ、楓の好きなヒジリが眠りに付いてしまうのは事実だ。
「いいや。君のおかげで、彼の中に違う考えが生まれたから。優しさは弱さじゃないってことが。楓を見て、優しさは強さになるんだって、そう知ったから。もしかしたら、また……」
「ヒジリ?」
「おしゃべりが過ぎる」
スッと一瞬のうちに、雰囲気がガラリと変わる。
「お願い。あの人を解放して」
ルナは懇願するように聖に言い放つ。
「勘違いするな。俺は俺の考えで行く。見逃すのは今回だけだ。夜狼は裏切り者を許さない」
そう言うと、綜一狼と守屋、ルナ。
それに楓にも視線を向ける。
「お前たちは、絶対に後悔することになる」
不遜にそう言い放つ。
「何度来ても同じだ。俺たちは、お前に屈しない。俺たちだって馬鹿じゃない。お前に対抗できるくらいの組織は作り上げている」
そんな聖を、真っ向から睨みながら、綜一狼は言い放つ。
「『嘉神』の力と、この学園の裏組織か」
聖は綜一狼を面白そうに見る。
「マジ!? 俺聞いてねーし」
「学園に裏とか作るなよ。生徒会を私物化しすぎだろ」
驚き叫ぶ守屋と呆れる静輝。
訳がわからない楓は、目を瞬き、隣りにいるルナを見るが、ルナは肩を竦めてみせただけだった。
「やはり野放しには出来ぬ存在だな」
「あぁ。お互いに」
綜一狼と聖。
二人の視線が好戦的に交わる。
その顔はどこか、楽しげでもある。
「せいぜい、暫しの平和を堪能していろ」
そう言うと、聖はその場から姿を消した。