最後の記憶の欠片(2)
もう一つの手が、楓の手に重なる。
「たくっ。楓のお人よしにも困ったもんだよ」
それを引き受けたのは静揮だった。
ひどく呆れた様子ながら、楓から聖を引き上げるのを引き継ぐ。
「それが楓のいいところだ」
そう言ったのは綜一狼だ。
ルナと共に聖の腕を取る。
「あ、あなたたち……」
ルナは驚いたように、綜一狼と静揮を見る。
「殺してはい終わり。じゃあ、あいつらと同じになっちまうよな」
その場でどうしようかと迷っていた守屋だったが、結局聖を助けるのに手を貸す。
四人の力で、聖は地上に引き戻された。
「ふざけるなっ。これで恩を売ったつもりか?」
そう言い、聖はグッと奥歯をかみ締め、楓を強く睨む。
「10年前に聖は私を助けてくれた。これでおあいこでしょう?」
聖の瞳を受け、楓は臆することなく微笑む。
「馬鹿か? あれは、空の涙の在り処を知るのがお前だけだったからだ」
「それでも、助けてくれたことに変わりはないわ」
たとえ、聖の目的が空の涙だったとしても、その後に、心を凍らした楓の前で吐露した言葉は、聖の本心だった。
そして、楓の壊れた心を取り戻すために、もう一人の自分である『ヒジリ』を覚醒させたのも聖。
「もう空の涙はないよ。私は夜狼のことを人に言いふらしたりするつもりはない。それに……『ヒジリ』は聖だって分かったから」
「お前は何を言っているんだ? 俺を消して、あいつに会いたいんだろう?」
「会いたいよ。でも、あなたも『ヒジリ』でしょ? あなた否定することは、私には出来ない」
『ヒジリ』が言っていた言葉を思い出す。
『敵対することになってしまったけれど、それでもやっぱり分かり合いたいんだ。奪い合うんじゃなくて分かち合いたい。簡単のようで難しいよね』
小さかったその時は、意味も分からなかったが、その言葉の意味を今なら理解できる。
それはきっと、もう一人の自分に当てた言葉だ。
そして、聖もまた同じ想いを胸に秘めていた。
どうして聖が自分に執着するのか。
楓は、それをようやく理解する。空の涙のことだけではない。
聖は楓を通し『ヒジリ』をみていたのだ。
『ヒジリ』の満ち足りた想いを感じとリ、楓を手に入れることで、自分も得ようとしていた。
それはきっと無意識で、聖自身気が付いていない感情。
『愛情』を欲する想い。
「馬鹿な女だ」
聖は苛立ちを露に吐き捨てるように言う。
「んだとっ。助けてもらってその言い方はなん……」
「静かにしろ」
騒ぐ静揮を、綜一狼は静かな声で制す。
「言っておくが、俺はあいつにこの体を渡す気はない。これからも盗賊業は続けるし、いつか必ず空の涙に代わるものも見つけ出す」
「それでも、あなたはあの人と共にあるわ。きっといつか、分かり合えると思う」
「いつか……お前をまた殺しにくるかもしれないぞ」
まったく動揺を示さない楓に、聖はそう言い放つ。
「そんなこと俺がさせない」
今まで黙っていた綜一狼が、聖を挑むように見てからそう言い放つ。
「もちろん。俺もだっ」
意気込んで静揮も答える。
「ククッ。今ここで俺を殺せばいいものを……本当に馬鹿な連中だ」
そう言うと、聖はゆっくりと立ち上がる。
その場の楓以外の人間が身構える。
「これが最後だ」
「え?」
聖は呟き楓を見る。
「楓」
名を呼び聖は微笑む。
優しい微笑み。
懐かしい微笑みだった。