最後の記憶の欠片(1)
綜一狼の集めた風が、聖を吹き飛ばしたのだ。
「くっ」
荒い息をしながら、聖は小さく呻く。
ガシャーンッ!
フェンスの一部が、衝撃により外れかかる。
だが、聖はそのままフェンスに体を預け立ち上がろうとする。
ガタガタと不安定な音が広がる。
「どうやら、本当にお前の能力は薄れているようだな。力は強いが、長期戦には耐えられないようだな。まだやるのか?」
綜一狼は、聖に冷たい笑みを向ける。
楓にはその瞳が、初めて出会ったときの冷たい瞳と重なってみえた。
聖は小さく笑う。
「……お前にやられるくらいなら」
ガシャンッ!
聖はフェンスを強く叩く。
脆くなっていたフェンスの止め具はあっけないほど簡単に取れてしまう。
止め具が取れれば当然、フェンスは支えを失い屋上から落ちる。
そして、そこに体を預けていた聖も一緒にバランスを崩し、落ちていく……はずだった。
「馬鹿なっ」
けれど、それを止めたのは楓だった。
すでになくなったフェンスのおかげで、その場を隔てるものは何もない。
楓は必死に、体が宙に浮いた状態の聖の腕を掴み引き止める。
「聖っ。楓!」
呆然としていたルナも慌てて駆け寄り、聖のもう片方の腕を掴む。
「そこまで、奴が大切か?」
聖は笑う。
その笑みがひどく悲しげなのは、楓の気のせいではないはずだ。
(あれ? この感じどこかで……)
昔、どこかで、見たことがある。
まだ思い出していない大切なこと。
思い出さなければいけないもう一つのこと。
ドックン。
心臓が一際大きく跳ね上がる。
『楓、俺は……あいつが羨ましいのかもな。認められ求められているあいつが。馬鹿馬鹿しい話だ。あいつを捨てたのは俺のはずなのに。……お前を助けられるのは、あいつだけなのだな』
その瞳は、深い深い海のように冷たいのに、いつも何かに怯えているかのように、孤独で寂しかった。
(あぁ。思い出した。そうだったんだ……)
「ごめんなさい。聖。私を助けてくれたのは、あなただったんだよね。『ヒジリ』じゃなくて、あなただった」
楓の力では支えるのが精一杯だ。
一言発するのもきつい。
けれど、どうしても言いたくて楓は口を開く。
「え?」
ルナが驚き目を見開く。
「……」
「あの時……、パパとママを殺した犯人は、私も殺そうとした。それを、あなたが助けてくれた」
散乱する血の色に呆然とし動けない楓の前に現れたのは聖だった。
刃物を振りかざした犯人から、楓を守り、撃退してくれたのだ。
「今度は、私が助ける番だから」
けれど、聖を引き上げるには、楓の力では非力すぎる。
ルナと共に、その場に引き止めるのが精一杯だ。
それでも、あきらめたくない。
楓は、しびれて感覚がなくなるのを感じながらも、懸命に聖を掴む手に力を込めた。




