届かぬ想い……(3)
皆の視線が、自分に向けられている。
それをヒシヒシと感じながら、楓はその場から踵を返すと、迷うことなくフェンスの前に立つ。
そのフェンス一つ超えれば、地面は遥か下。
目の前にあるのは青い空。
地面よりも空の方がずっと近くに感じてしまう。
楓はフェンスの隙間から、空の涙を持っている手を突き出す。
「やめろっ」
聖が鋭い声を発する。
サアァァ。
聖の声と、空の涙が空を舞ったのは同時だった。
風に煽られ太陽の光を受けて、粒子一粒一粒に光が宿り青く煌めいていく。
何十年という時から開放され、すべては風と共に消え去ったのだ。
「……お前ら全員皆殺しだ」
低く冷たい聖の声。
狂気の瞳がその場全員に向けられる。
フワッ。
楓の体が唐突に軽くなる。
「え?」
楓の足は地面から離れていた。
それだけではない。
体が徐々に地面から離れ、浮き上がっていく。
見えない何かに吊るされているかのような感覚。
グイッ。
周りを囲うフェンスより高い位置にたどり着いたとき、楓の体は何かに強く引っ張られ、フェンスを越える。
「まさかっ」
ことの重大さに気が付き、綜一狼が走り出したが間に合わなかった。
楓は地面から離れ、空に宙吊りの状態になっている。
楓の体を束縛しているなにか。
それがなくなった瞬間に、楓の体は数百メートルの高さから、まっさかさまに地面に落下することになる。
「う、嘘だろ」
その光景に、守屋も強張った声を出す。
「この高さなら、万に一つも助からない。お前が犯した罪。その命で償ってもらう」
無表情のまま、聖は言葉を吐き出す。
「やめろ……」
青ざめた顔で綜一狼が言葉を吐き出す。
いつ落ちるか分からない。
そんな状態の中で、声を出すことさえ恐ろしくなる。
「傑作だ。お前のそんな顔が見られるとはっ。しかし安心しろ。お前もすぐに送ってやるよ。あの世でせいぜい仲良くやれ」
その姿を見て、聖は嘲りの表情を浮かべる。
「……」
ルナも言葉なく青ざめる。
「これが、お前のしたことの結末だ。よく見ておくんだなルナ。……さて、楓。最後に何か言うことは? それとも、泣いて命乞いでもしてみるか?」
呆然とする面々から、聖は当の本人である楓へと視線を戻す。
恐さで声も出ないのか。
先ほどから一言も言葉を発しない。
どうせ殺すのなら、少しくらい自分に屈したという姿を見なければおもしろくない。
「私は……後悔なんてしない……」
小さく震えながらも、楓ははっきりと言い放つ。
「なに?」
その言葉に聖は眉を顰める。
「能力なんてなくても、人は生きていけるわ。争いのために使われるものなんて必要ない」
声が震える。
当たり前だ。
いつ落ちるか分からない今の状態。
風が体全体を吹き抜けていく。
その度に、そのまま落下するのではないかとい恐怖。
気を失わないようにと、気を張り詰めるだけで精一杯だ。
「……もう聞き飽きた。そのまま、死ね」
その声が合図だった。
楓の姿がその場から消えうせる。
いや、正確には戒めが解け重力が戻り、地上へと落下を始めたのだった。