届かぬ想い……(2)
楓は怯むことなく聖を見据える。
「私は『ヒジリ』を信じてる。聖は私を殺さない。絶対に」
聖に微笑みを向け、ゆっくりと歩み出る。
「無理だっ。奴はもう、楓の知っている聖じゃないんだ!」
綜一狼の声にも、楓は歩みを止めない。
「馬鹿馬鹿しい。何を信じると言うのだ? あいつはもういないんだ」
聖は言葉をはき捨てる。
楓の行動が理解不能だった。
殺されるかもしれないという状況の中で、なぜ微笑を浮かべていられるのだろう。
ルナも守屋も、一言も発することなくその光景を見つめている。
不思議な光景だった。
あれだけ余裕を見せて、大きく構えていた聖が、今の楓の姿にたじろきひどくうろたえている。
「ヒジリ。お願いだから出てきて」
聖の前に立ち、楓はそう言葉をかける。
優しく温かい愛しみを込めた声。
「いいかげんにしろっ。いくら呼びかけたところであいつはもういないんだ。聖は俺だっ。俺以外に誰がいるっ。なぜ、俺を認めないんだっ」
目の前にいる楓の腕を、乱暴に掴み取る。
「楓っ」
その様子に、堪り兼ねた綜一狼が走り寄ろうとする。
「来ないで、綜ちゃん」
楓はそれを冷静な声で止める。
楓の腕を掴んだ聖の手に、徐々に力が込められる。
「っ」
痛みに小さく顔を歪めながらも、楓は何の抵抗もすることなく、ただされるままになっている。
「こんなの見ていられるかっ」
一向に手を離さない聖に、とうとう綜一狼が動き出す。
と、その時だった。
聖に小さな異変が見られた。
聖が強く掴んでいた楓の腕を開放したのだ。
「いいだろう。殺してやるよ。そんなにあいつがいいのなら、死んであいつに会えばいい」
聖の瞳に明らかな殺気が混じる。
「やめてっ。約束は守って。楓は殺さないって言ったわ。その約束が守れないというのなら、これはを捨てるわ」
ルナは声を上げると、空の涙の入ったガラスケースを傾ける。
「裏切るつもりか?」
「愚問だわ。私は元からあなたに従うつもりなんてなかったもの。ただ、あの人を救えると思ったから、付いていただけ。だけど、それが叶わないというなら、こんなもの何の役にも立たないわ」
傾けたケースの中から、ほんの数滴青い粒が零れ落ち、風に流されサラサラと飛んでいく。
「ちっ」
聖は眉を顰め小さく舌打ちをすると、楓を開放する。
その様子に軽く息を吐き出し、ルナは楓に歩みよる。
「これはあなたにあげるわ」
楓の手を掴み取ると、その手に空の涙を握らせる。
楓と綜一狼は驚きルナを見る。
「愚か者が」
聖は忌々しそうにルナを睨む。
だが、ルナはその視線を無視したまま言葉を続ける。
「これはあなたが好きにして。どうしたらいいのか。あなたが決めて。けれど最後に教えて。あの人は、本当にまだ消えてはいないの?」
懇願するかのような眼差し。
「私はそう信じてるよ」
「そう。だから、あの人はあなたを選んだのね」
泣き笑いのような微笑を向け、ルナは小さく呟く。
「ルナ、ありがとう」
楓は空の涙をしっかりと握り締めた。