守るべきもの(3)
最後の階段を上がりきったところで、屋上の扉が見えた。
屋上の頑丈な扉の横にある機械に、綜一狼はマスターカードをスキャンさせ開ける。
ガチャリッ。
キーが外れた音が響く。
扉を開けると、その風圧に一瞬飛ばされるのではないかと言う感覚に襲われる。
風がうねりを上げる音が耳に響く。
「うわぁ」
その景色に楓は思わず感嘆の声を漏らす。
澄み切った青い空。
眼下には、人々の営みの風景。
まるで、一つの町をミニチュア化したような景色。
時計塔から見た夜景とはまた違った美しさがある。
フェンスに身を乗り出して、ソッと下を覗き込んでみる。
高いところが平気な楓でさえ、クラリとしてしまう高さだ。
その上、まるで嵐のような風。
「綜ちゃん。これからどうするの?」
「空の涙をここから流す。確実に失くすためには、この風に流して捨てるのが一番いいと思ったんだ」
確かに、ここから空の涙を流せば回収することなど不可能だ。
「でも、本当にいいの?」
「ああ。こんなものがなくても、人は生きていける。むしろ、こんなものがあるから、奴らは能力に頼って人の心を無くしてしまうんだ」
空の涙を見つめて、綜一狼は言葉を吐き出す。
「うん。分かった。捨てちゃおう」
楓はゆっくりとフェンス越しに移動すると、ガラスケースの蓋を開け傾ける。
その時だった。
「動かないで」
耳元でそう囁かれ楓は動きを止める。
のど元に長く鋭い針が突きつけられている。
「お前はっ」
近くにいた綜一狼でさえ、その気配を感じることは出来なかった。
いや、空の涙に気を取られていて、周りに気を配るのがおろそかになっていたのだ。
「どうして……ルナ?」
聞き間違えるはずはない。
低く冷たい声。
けれどそれは紛れも無く、ルナの声だった。
金色の髪がサラサラと流れ、それは楓の視界にも入る。
「これは仕方がないことなのよ。これが運命なの」
呟いたルナのその言葉は、ひどく苦渋に満ちていた。
「何を言ってるの?」
楓は必死に考える。
今までずっと、ルナは自分の味方だった。
初めて心の底から信頼できた女友達だった。
それが、どうしてのど元に、針を突きつけられているのだろう。
「お前も夜狼か?」
綜一狼の問いにルナは小さく頷く。
「楓に近付いたのもこれが目的か」
「ええ。だから言ったでしょ? いつ、どんな人が現れるか分からないって」
クスクスとルナは笑いを漏らす。
その姿に、綜一狼は小さく舌打ちをする。
「嘘……」
「嘘じゃないわ。私の役目はあなたの監視。いつ記憶の封印が解けてもおかしくない状態だったし、予想外にも、裏切り者の息子である嘉神が、楓の側に付いていたから。先を越されては大変でしょ?」
ルナの言葉を、楓は呆然と聞いていた。