守るべきもの(2)
楓と綜一狼は校舎に入り込み、階段を駆け上がる。
「楓、上に行こう。とりあえず、屋上を目指すぞ」
「綜ちゃん、先に行って。やっぱり、静ちゃんだけ置いていくなんて出来ない」
楓は階段に差し掛かったところでそう言い足を止めて、綜一狼に空の涙を差し出す。
聖は普通の人間には無い能力を持っている。
いくら武道に長けている静揮でも、太刀打ちできるような相手じゃない。
静揮が傷つくのは目に見えている。
それなのに、静揮を見捨てていくなど、楓に出来るはずはなかった。
それを受け取ることをせず、綜一狼は小さく息を吐き出す。
「お前が行ってなんになる? あいつの気持ちを台無しにする気か?」
「だってっ! 静ちゃんは私の大事な家族だものっ。もし、静ちゃんに何かあったりしたら私は……」
空の涙を強く握り締めたまま楓は俯く。
頭を過ぎるのは大好きだった両親。
静揮の気持ちは嬉しい。
けれど不安になる。
自分の前から、いなくなってしまうのではないかと。
あの優しい笑顔が消えてしまったら、きっと自分は耐えられない。
「……たくっ。守屋」
その場をてこでも動きそうにない楓を見て、綜一狼は仕方がないというように肩をすくめると、男の名を呼ぶ。
「あいよ」
返事は即座に返ってきた。
もう一つ上の階の踊り場から、守屋がひょっこりと顔を出す。
まるで、ずっとそこで待っていたかのような絶妙なタイミング。
「そういうわけだから、お前が静揮の助っ人に行って来い」
「そういうめんどいのはいつも俺なのな」
綜一狼の言葉に、守屋は不服そうに唇を尖らせる。
「どっちかつーと、姫さんとランデブーの方が、俺的にはやる気がでるんだけどな。手なんか繋いでさ。綜一狼だけ役得だよなー」
しっかりと楓の手を握っている綜一狼をチラリと見ながら、そんな言葉も付け足される。
「この非常事態に、お前の減らず口に付き合っている暇はない。行くのか、行かないのかどっちだ?」
綜一狼は、殺気だった目でジロリと守屋を睨む。
「うっ。あんたはいっつもそうだ。人権無視で訴えてやるっ」
その殺気を受けて、守屋はその場からいきなり姿を消す。
「え……えぇっ」
忽然とその場からいなくなった守屋の姿に、楓は素っ頓狂な声を上げる。
本当に唐突に、姿が見えなくなったのだ。
一瞬の出来事だった。
「さ、行くぞ」
「だ、だって、あの人は? き、消えちゃったんだよっ?」
あたふたとうろたえる楓。
「いいんだよ。あいつは聖のところに飛んだんだ」
綜一狼はサラリと言い放つ。
「と、飛んだ?」
「ああ。あいつも夜狼だからな。守屋の特殊能力なんだよ。瞬間移動は」
「あの人も夜狼!?」
衝撃的な事実。
確かにおかしな人だとは思っていたが、まさか守屋までもが夜狼だとは思いもしなかった。
「母さんと守屋の兄弟は、一緒に一族を抜けた仲間だった。あいつに任せておけば平気だ。逃げ方だけは心得てるから、何とかするだろ」
「そ、そうなの?」
「そうなんだ。急ぐぞ」
今だ呆然としている楓を、綜一狼は引っ張って、走り出した。