守るべきもの(1)
「楓。俺が時間を稼ぐから、その間に、空の涙を持って綜一狼と行け」
困惑しきっていた楓は、静揮のその言葉にハッとする。
「そんな、行けるわけ……」
「俺はお前の兄貴だ。妹を守るのは兄貴の役目だろ?」
その言葉に驚き見上げると、優しく微笑む静揮と目が合う。
「楓は俺を家族として好き。そうだろ?」
静揮の言葉に楓は答えを躊躇する。
静揮の言葉は間違っていない。
いくら考えても答えは同じだった。
静揮への気持ちは綜一狼の好きとは違う。
まったく異なるものだ。
それは恋とは違う。
恋にはなりえない気持ちだ。
それを静揮に伝えるへきなのか迷う。
(逃げちゃだめだ)
ここで気持ちを偽るのは逃げることだ。
楓は静揮を見て頷く。
それを見て、静揮は満足げに微笑む。
「お前が本当に思ってるのは誰かなんて、とっくに気付いてたよ。けどな、やっぱり俺はお前が好きだ。だからせめて、『兄』としてお前を好きでいることを許してくれ」
それが静揮の出した答え。
「……ごめんなさい」
静揮の優しさが痛くて、楓は泣きたくなってしまう。
「だから謝るなって。いいから行けよ」
そう言うとそのまま楓を開放し、軽く綜一狼の方へと押しやる。
「綜一狼。楓を頼む」
「言われなくても分かってる。とりあえず死ぬなよ」
楓の手を取ると、綜一狼はもう一度静揮を見て無表情のまま言い放つ。
「……お前、それは洒落にならないぞ」
冗談なのか本気なのか分からない綜一狼の言葉に、静揮は思わず苦笑してしまう。
「静ちゃん、絶対絶対、無事でいてね」
真剣そのものの顔で楓は、静揮に言葉を向ける。
「だから、お前ら洒落にならないって。平気だ。いいからサッサといけよ」
静揮は乾いた笑いを浮かべつつ、二人に向かって手を払う。
「泣かせるな。あの女のためにその命を投げ出すか」
楓たちが消えた後、聖は静揮を馬鹿にしたように笑う。
「命を投げ出す? 馬鹿を言うなよ。あいつを泣かせるようなこと、俺がするわけないだろ」
自分がいなくなったら楓は絶対に泣く。
そんなことはあってはいけない。
楓の涙ほど嫌いなものは静揮にはない。
兄として楓の側にいる。
それはそれでいいかもしれない。
兄として楓の姿を見守っていくのも一つの愛し方だ。
(だけど、暫くはふっきれそうにないな)
格好つけてみたものの、やはり楓を好きな気持ちは変わらない。
少しずつ変えていくしかない。
人は変わるものだ。
綜一狼がそうであったように。
静揮は小さく笑う。
サアァッ。
風が一際強く吹きぬける。
静揮はそのまま聖へと向かっていった。