空の涙(3)
(あぁ。ここだった)
その場にたどり着いた時、懐かしさが胸いっぱいに広がった。
地面を覆いつくす芝生の絨毯。
その場に一際大きな大木が一本ある。
朝日を受けて、緑が美しく光っている。
ここに空の涙を隠した。
そして、綜一狼と出会ったのもここだったのだ。
空の涙を隠して帰ろうとしたその時、初めて綜一狼の存在に気が付いた。
ふてぶてしく、その場に立ち尽くしていた少年。
ひどく不機嫌な冷たいその眼差しを、今ならはっきりと思い出すことが出来る。
「楓、思い出したか?」
懐かしさに浸っていた楓は、綜一狼の声に我に返る。
あの時の少年が、今は優しい瞳を向けて自分を呼んでいる。
何とも不思議な感じだ。
「うん」
楓は、大木の前にいる綜一狼に駆け寄る。
「私が空の涙を隠したのはこの中」
庭園の中で、一際大きな桜の木を指差す。
「中?」
「そう。この桜の木には、分かり辛いけど、根の部分に空洞があるの」
「……! ここか?」
念入りに桜の木を目視していた綜一狼は、小さな空洞を発見する。
地表にまで姿を見せている根っこ。
もう大分前からここに根を下ろしているものらしい。
一つ一つの根の大きさも相当なものだ。
その中で、ちょうど小さな洞窟のような空洞がある。
「よくこんなところを見つけたよな」
静揮が感心したように言う。
「そう。確か……」
楓は根の間に手を入れる。
十年。
その歳月の間この場所にしっかりとあるのか、多少の不安はあるが、今はあるということを信じるしかない。
一刻も早く、空の涙を探し出さなければならない。
今これを聖に渡すのは危険だ。
「痛っ」
複雑に絡んだ根が、楓の手を阻む。
小さな頃は簡単に入ったはずなのに、今は奥まで入れるのも一苦労だ。
「大丈夫か? 楓。俺が変わろうか?」
それを見守っていた静揮が溜まりかね声をかける。
「ううん。平気。ももう少しだから……」
手が何かを掴む。
確かな手ごたえ。
楓はそれを掴んだまま、一気に手を引き抜く。
「あった!」
手にすっぽりと収まる小箱。
ところどころ汚れてはいるが、確かに十年前に隠したものだった。
「楓、無茶をするなっ。手が傷だらけだろうがっ」
楓の手から腕の半ばまで、切り傷が無数についている。
無理に手を引き抜いた所為で、木屑で傷めてしまったのだ。
「あのね。全身傷だらけの綜ちゃんには、言われたくないわ」
あきれ返ったように、楓は綜一狼に言う。
「俺はいいんだ。でも、楓に傷が付くのは許せない」
きっぱりと綜一狼は言い放つ。
「こんなことなら、保健室から消毒液の一つも持ってくればよかったな」
と、言ったのは静揮だ。
同じく楓の傷だらけの手を見て、眉を顰める。
「そんなことより! これ、開けるよ」
このままだと埒が開かないと判断した楓は、ヒジリから受け取った鍵で宝石箱を開く。
「これが空の涙」
それを見て静揮は言葉を零す。
外はボロボロだというのに、中は一片の汚れもついてはいない。
空の涙は、透明なガラスケースの中で、美しいマリンブルーを称えていた。