空の涙(2)
朝になったといっても、夜が明けてまだそれほど立ってはいない。
学園の中は静まり返り、楓と綜一狼。
二人が走る靴音だけがその場に響く。
「綜ちゃん。あの、透子さんはどうしたの?」
走りながら、楓はずっと気にかかっていたことを聞く。
「ああ。今、医務室にいるはずだ。途中で見つけて、お前が下に落ちたから助けてくれって言って、そのまま気を失ったんだ」
「そう……。大丈夫なのかな?」
どうやら聖の暗示は解けたらしいが、意識がなくなったと聞き、楓は不安になる。
「大丈夫。聖に操られていたのが解けて、一時的に意識を失っただけだ」
「綜ちゃん、気付いてたの?」
あっさりと言い放った綜一狼を、驚きの表情で楓は見る。
「まぁな。時期が合いすぎてたからな。聖が現れた時に早山のことはすぐに分かった。透子のことにしても、見つけたときは、早山と同じ状態だったから」
そういって息を吐く。
「でも戻ったんだよね。よかった」
それにしても、夜狼の能力は本当にすごい。
「……あの、綜ちゃんのお母さんて今はどうしてるの?」
先ほどの話を聞き、楓はそのことがどうしても気になってしまったのだ。
「死んだ。一番の首謀者だからな。一番目を付けられていて、結局最後はやつらに……な」
楓の問いに、綜一狼はサラリと答える。
「ごめんなさい」
『やつら』 それは夜狼のことなのだろう。
「別に謝ることじゃない。もう十年以上前の話だ」
「私、そんなことちっとも知らなかった」
綜一狼が嘉神家の養子だということも、夜狼の一族だということも。
こんなにも近くにいたのに、本当に何も知らなかった。
「いつかは、話そうと思ってたんだけどな。きっかけがなかったから。でも、もう全部話す。この件が片付いたら全部。楓に言いたいことがあるんだ」
「え?」
その時、猛ダッシュしてきた静揮が二人の間に入り込む。
「やっと追いついた。で、どこに向かってるんだよ」
二人を交互に見て、静揮は訪ねる。
「さて、おしゃべりは終わりだ急ぐぞ」
そう言うと、静揮を放って綜一狼は走るスピードを速める。
「て、こらっ。無視すんなよっ。楓! どういうことなんだっ」
先に行ってしまった綜一狼の代わりに、楓を捕まえて説明を求める。
「うん。あのね」
楓は今までのことを簡単に説明する。
「そういうことは早く教えろよ。空中庭園だな。急ごうっ」
そう言って、静揮は楓の手を取る。
思わず、楓はその手を反射的に振りほどき立ち止まる。
触れられた瞬間に、静揮の告白が脳裏によみがえってしまったのだ。
「あっ。ご、ごめんなさい」
「なに謝ってるんだよ。急ぐんだろ?」
ひどく困った顔をしている楓を見て、静揮は苦笑しつつ走り出す。
(私、どうしたんだろう?)
ついこの間まで、手を繋ぐなど何でもないことだったはずなのに。
今はこんなにも、意識してしまう。
(今は考え込んでる暇はないよね)
頭をブンブンと振り、おかしな気持ちを振り払うと、楓も二人の後に続き走り出した。