夜狼(5)
綜一狼と始めてであった場所。
木漏れ日が眩しいあの場所。
そこに隠した。
けれど、それがどこなのか、いまだ曖昧なままだ。
「綜ちゃんは、私とはじめて会った場所、覚えてる?」
「楓とはじめて会った場所?」
「うん。その、十年前に、私が『南条』になる前に、実は一回会ったことがあるんだよね。綜ちゃんと。でも、さすがに覚えてないよね」
会ったのは、あの時たった一回きり。
それから再会したのは、もっと後だ。
楓は記憶をヒジリに封印されていたから、覚えていないし、綜一狼にしても、その話題を出さないところをみると、覚えてはいないだろう。
「忘れるわけないだろ。はっきりと覚えている」
が、綜一狼の答えは予想外のものだった。
「え!? 覚えてるの?」
「あぁ。なのに南条に引き取られて、俺と会った楓は、まったく忘れているし、かなりショックだったな」
綜一狼の言葉に、楓は目を見開く。
「そっか。だから南条に引き取られて始めて会った時、あんなに驚いた顔をしていたのね」
「驚くさ。正直、空中庭園で会ったのは、半分夢だと思ってたんだ。それが突然、目の前に現れたんだから」
「空中庭園?」
木漏れ日が眩しい温かなあの場所。
それが『空中庭園』なのだろうか?
「そう。学園の上層部にある場所だ。俺が気に入っているから、生徒会長権限で、一般生徒の立ち入りは許可していないから、楓も知らないだろうな」
「うん。知らない。そんな場所があるなんて……」
ここに静輝でもいれば、職権乱用だ。と、ツッコミを入れていただろう。
「大切な場所だからな。俺と楓が始めて会った場所だ」
「でもそれなら、教えてくれたらよかったのに。そうすれば、何か思い出したかも知れないじゃない」
不満げに楓はそう言い、綜一狼を見る。
「……楓には、自力で思い出してほしかったんだよ。それなのに、聖を見た時は、思い出しかけたくせにさ。俺のことは、微塵も思い出さないし。何か癪だよな」
「うっ。ごめんなさい」
楓は返す言葉もない。
綜一狼がそんな想いを抱えていたなど、この十年まったく気づかなかった。
記憶を封印されていたとはいえ、ひどく申し訳ない気持ちになってしまう。
「いいさ。結果的に思い出したわけだし。それに、過去に囚われるのは馬鹿馬鹿しい。俺たちは、ここで決着をつけて、未来に進もう」
「うん!」
ずっと思い出せない過去に囚われ、いつも変わることを恐れて、未来なんて考えもしなかった。
けれど、今はそれほど恐いとは思えない。
それは、隣りに綜一狼がいるからだ。
綜一狼はいつだって、楓に勇気と元気をくれる。
恐くないと言えば嘘になる。
けれど、もう逃げるのはやめにしよう。
自分に何が出来るかはわからないが、今は自分に出来ることをしようと、楓はそう決心するのだった。