夜狼(3)
「裏切り者って……どういうこと?」
綜一狼から出た唐突な言葉の意味が分からず、楓は綜一狼に答えを求めるように視線を向ける。
「元々、空の涙を持って逃げたのは、俺の母親なんだよ。楓と同じなんだ。俺も嘉神の両親とは、血のつながりは無い。俺の本当の母親は夜狼だった」
向けられた視線を受け止めて、綜一狼は淡々と言い放つ。
あまりにも突然の告白に、楓は暫くの間言葉を失う。
綜一狼も自分と同じように、血のつながりのない家族。
しかも、本当の母親は、聖と同じ夜狼。
つまり、綜一狼も夜狼ということになるのだろうか?
「う、嘘」
楓は呆然と綜一狼を見る。
「昔、独裁的な長に反発して、夜狼の一族に反乱が起きた。その筆頭が俺の母親だ」
「……」
「相手の特殊能力は、こちらに不利なものだった。だから、その力を弱めようと、力を維持するために必要な、空の涙を持ち出した」
「小癪な手だ。その程度のことで、俺に勝てると思ったのか」
聖は口元を歪める。
「思ったさ。現にお前は、必死に空の涙を探している。力は徐々に弱まっているはずだ」
綜一狼の言葉に一瞬、聖は不愉快そうに眉を顰めたが、次の瞬間には狂ったように笑い出した。
「そうだとしても、お前では俺に勝てない。どちらにしろ無意味だ」
「……」
聖の言葉に、綜一狼は唇をかみ締める。
「そろそろおしゃべりは終わりだ。どうする? 楓」
瞳が楓の姿を捉える。
聖の周りには瓦礫の破片が浮いたままの状態。
暗に、いつでも攻撃できるのだと脅しをかけている。
「ふざけるなっ。お前の目的は空の涙のはずだ」
「あぁ。そうだ。そしてその在り処を知る楓を欲するのは自然なことだろ?」
そう言い、楓に悠然と微笑む。
ここで大切な人を見殺しになど出来るはずもない。
「……」
楓はゆっくりと聖の元へと向かう。
「楓!」
止めようとした綜一狼の体を、見えない何かが押さえつける。
「それでいい……それじゃあ、もうこの男も用済みだ」
目の前にたどり着いた楓を満足げに見、聖は小さく口元を歪ませる。
その場の空気が重たくなる。
「そんな! 約束が違うわ!?」
「悪いな。お前との約束の前に、夜狼には掟がある。裏切り者は生かしておかないという、掟がな。そちらを優先させてもらう」
「やめてっ」
シュッ。
空を切り、瓦礫の破片が刃となり、綜一狼目掛けて飛んでいった。