夜狼(2)
「大丈夫だ」
心配そうに自分を除きこむ楓から体を離し、綜一狼は立ち上がると聖を睨む。
「もちろんだ。実力がないかどうか、試してみろよっ!」
そう言うと、綜一狼は聖に向かっていく。
「馬鹿か。私の力がまだ分からないか?」
殴りかかる綜一狼をスレスレのところで避け、聖は小さく笑う。
その時だった。
ザシュッ。
風を斬る音がした。
避けたはずの聖の頬から血があふれ出す。
「まさか……」
自分の頬に触れ、聖は信じられないと言うように、目を見開く。
「特別なのは自分だけだと思うなよ」
不敵な笑みを浮かべ、綜一狼は聖に言い放つ。
「なるほどな」
その言葉に聖は息を吐き出し、血の付いた頬を手の甲で拭き取る。
「いいだろう。相手をしてやる」
そう言うと、目の前に落ちていた瓦礫の山に目を向ける。
ゆっくりと瓦礫の欠片は宙に浮いたかと思うと、一直線に綜一狼目掛けて飛んでいく。
シュッ。
風を斬る音が鮮明に耳に届く。
綜一狼は機敏な動きで一つ一つを避けていく。
「チッ」
だが、大きな瓦礫は避けたものの、その他無数にある小さな欠片は避けようも無く、まるでカマイタチのように綜一狼の体中を切り裂き、無数の傷を付けた。
綜一狼も攻撃をしかけるが、それらを聖は軽やかに受け流していく。
綜一狼の拳は、聖に当たることなく空をきるばかりだ。
「なるほどな。少しは能力があるようだが、子供騙しだ。期待はずれだな」
そう言うと、綜一狼に軽く蹴りを入れる。
「ぐわっ」
その蹴りは、見た目以上の力が加わり、綜一狼は、数メートル先の壁に叩きつけられる。
「綜ちゃん!」
楓は悲鳴に近い声を上げる。
「さて、どうする?」
第二刃の用意もすでに出来ている聖は、その場にゆったりと立ち腕組をしたまま、観察するかのように綜一狼を見る。
体中に傷を付けたその姿は、端から見ても痛々しい。
当の綜一狼自身も、ひどく表情を歪ませて、立っているのもやっとという感じだ。
「もうやめてっ」
「ああ。やめてやるさ。お前が俺と来るならな」
溜まらず叫んだ楓の方を見て、聖はそう言い放つ。
「なっ」
その言葉に綜一狼は絶句する。
「……」
楓は両手を握り締め綜一狼を見る。
今の状態で第二刃を食らえば、今度は大きな瓦礫を避けるのも危うい。
あんなものがまともに当たれば、怪我どころの話ではない。
下手をすれば死んでしまう可能だってある。
「楓、相手にするな。奴はどっちにしろ俺を殺すつもりだ。裏切り者の血を引く俺を」
口を開きかけた楓に向かって、綜一狼は落ち着き払った声でそう言った。