記憶の欠片(6)
「くっ。あははっ」
そんな楓の姿に聖は声をあげて笑い出す。
さもおかしくて仕方がないといような盛大な笑い。
「嫌われたものだな。昔はあんなになついていたのに」
「違うっ。それはあなたじゃないわ!」
聖の言葉に、弾かれたように楓は言葉を吐き出す。
「あ……」
自分から出た言葉に驚く。
そして悟る。
こんなに腹が立つのは『違う』からだ。
大好きなあの人の顔をして声をして、そのクセ本当は『違う』から。
『いなくなるけど君は僕を憶えていて。楓ちゃん』
ヒジリの泣き出しそうな微笑が脳裏を過ぎる。
そう、ずっと昔にヒジリと出会った。
穏やかにいつも優しい微笑を浮かべていたその人が、大好きだった。
ずっと側にいてほしかった。
だから……。
「へぇ。覚えているじゃないか」
バンッ。
「きゃあっ」
両腕を掴まれ、楓は壁に押し付けられる。
まるではり付けにされたような体勢。
目と鼻の先に聖の端整な顔がある。
冷たい微笑み。
「あなたは誰? あなたは『ヒジリ』じゃない」
『ヒジリ』はこんなに冷たく笑わない。
こんなに冷たい瞳を向けたりはしない。
「いいや。俺は『聖』だ。もっとも、お前の知っている『聖』はもういないがな。忘れろ。お前は俺のモノだ」
「やっ……」
聖の唇が楓の首筋に触れる。
シャツのボタンが独りでに一つ一つ弾け飛んでいく。
胸がはだけ、楓の白く透き通るような肌が露出する。
「やめて……誰か……」
「無駄だ。ここは地下の隠し回路。そう簡単に入り込めない」
笑いを含んだ言葉を楓に向ける。
楓を掴む手は緩めず唇は白い肌を滑る。
嫌悪感が体を突き抜ける。
楓は逃げようとあがくがびくともしない。
「嫌だっ。助けて……綜ちゃんっ!」
無意識にその人を呼んでいた。
「無駄だと……」
「楓っ!」
「なに?」
聖は動きを止め、名を呼んだ主を見る。
目が合った瞬間、聖は小さく舌打ちすると、相手の拳を避けて素早く楓から数メートル離れる。
戒めが解け、楓はそのままその場に崩れ落ちる。
「楓っ」
声が聞こえた。
ずっとずっと聞きたかった声。
もう二度と聞けないのかもしれないと思った声。
「楓!」
引き上げられ、そのまま抱きしめられる。
温い。
そう思った瞬間、涙が溢れ出した。