記憶の欠片(4)
「お前は、ここがどこだか分かるか?」
その場をグルリと見渡し聖は楓に問う。
「……」
楓は小さく首を振る。
平静を装いつつも、胸の鼓動は早鐘している。
「ここは、少数種族たちの隠れ家だったんだ。百年以上前、少数種族たちは迫害されていた。高い知能指数。すべてにおいて人間離れしすぎた能力を持つ少数種族たちは、多数種族に受け入れられず、隠れるように地下に移り住んだ」
楓の言葉を待たず聖は淡々と話を続ける。
「そこにある十字架。それは、祈りを捧げるものなんかじゃない。神に見放された者たちが、剣を振り下ろしたものだ。もっとも、神などこの世には存在しないがな。神などという存在は所詮、何も出来ない無能な者たちの戯言だ」
「ここは学園の地下なのよ。どうしてそんなところに、隠れ家なんて……」
聖の言わんとすることを理解出来ず、楓は聖に瞳を向ける。
吸い込まれてしまいそうな、コバルトブルーの瞳。
けれどそれは氷のように冷たく見える。
「反対だ。隠れ家の上に学園が出来たんだ。もっとも、その頃には、そこにいた少数種族たちは外の世界に戻ったがな。この地下は、昔の建築技術の数十倍進んだ技術で造られていた。だから、ここを見付けた連中も、それを潰そうとは考えなかったのだろう。むしろ、ここに興味を抱き、この地下への入り口を作った。そんなところだろうな」
最先端の技術を取り入れられている稔川学園。
それなのに、忘れたように手付かずの荒んだ地下の部屋部屋。
目の前の男の言うことが、妙に説得力のあるものに思えてしまう。
「で、でも、あなたがどうしてそんなことを知ってるの?」
「俺がその少数種族の長だっと言ったら?」
「え!?」
楓は目を見開く。
「少数種族の名は夜狼。何百年と迫害され続けた闇に住まう一族。何の因果か、この地に舞い戻ろうとはな」
聖は自嘲気味な笑いを漏らす。
「俺たち夜狼はやがて外の世界に戻り、そして盗賊になった。夜狼は、この世界のどんな者たちよりも優れている。捕まりもしないし、奪えないものなど何もない」
聖は徐に楓に歩み寄る。
「だからってどうして盗賊なの? 優れているというのなら、盗賊じゃなくてもよかったじゃない。奪うんじゃなくて、与えて生きていく方法だってあると思うわ。きっと時間をかければ解り合えると思う」
どんなに優れていても、解り合うことが出来ず、孤独でいるのは寂しい。
そして、その寂しさすら気付いていないのなら、それはとても悲しいことだ。
「無駄なことだ。支配するかされるか。この世にはそれしかない」
赤い絨毯の上を、聖は楓に向かって優雅にゆっくりと歩く。
「そんなことない」
それに小さな危機感を感じながらも、どうすることも出来ず楓はただその場に立ち尽くす。
「人の歴史を見ても分かるはずだ。幾度となく繰り返される争い。そして支配し、支配されて人々は繁栄をしてきた。必要なものは力。ただそれだけだ。もっとも、盗賊はただのお遊び、目暗ましにすぎないが。夜狼が下等種族を支配するためのな」
聖は楓の前に立つ。
青い瞳が静かに楓を射抜く。
「あなたの考えは間違ってる」
「お前の考えなど聞いていない。俺が聞きたいのは空の涙のことだ」
「一体、空の涙って何なの? どうして私にそれを聞くの?」
楓は、聖を真っ直ぐ見据えた。