記憶の欠片(3)
だが、やっとの思いでたどり着いたそこを見て、愕然とした。
「出口じゃないの?」
その場に着いた時、よろけて楓は思わずその場に座り込みそうになる。
目の前にあるのは、円形の広い広場。
そこを囲うように壁に蝋燭が灯っている。
中央の壁には大きな十字架。
入り口から壁の十字架まで、一直線に、赤い絨毯が敷かれている。
古く崩れ去ってしまったのか、それ以外は何もない。
(あんまりだよ)
歩き通しで、足は鉛のように重く、今までにないほどに疲れている。
なのに、たどり付いた場所は行き止まり。
まったくの一本道だったから、安心していたのに。
楓はグルリとその部屋を見渡す。
それにしても、何か違和感がある。
何かがおかしいと思う。
それが何なのか、楓はジッと考え込む。
(そっか)
蝋燭だ。
この部屋を照らしている明かり。
一体、誰が付けたものなのか。
電気とは違うのだ。
蝋燭が独りでにつく訳がない。
誰かが居たのだ。
蝋燭の長さからいって、そんな時間は経っていないはずだ。
「ここまで誰にも会わなかったのにな」
小さくため息を付いて、ゆっくりと壁に架かっている十字架に歩み寄る。
近くで見ると、十字架はひどく傷付いていた。
それも、ワザと何か鋭利な刃物で傷を付けたかのように、いくつもの切り傷が無数にある。
「それは、神に仇名す者たちの忘れ形見だ」
十字架に触れようとした時、聞こえたその声に振り向く。
「あ、あなた」
声が上ずる。
蝋燭の明かりに照らし出され姿を現したのは聖だった。
悠然とした笑みを携えて、楓の姿を捉えている。
思わぬ相手に楓はただ呆然とする。
「まったく、俺はあの女にお前を連れてくるよう、暗示をかけたつもりだったんだが。まさか、負の感情が勝って、お前を殺そうとするとは。浅ましいことだ」
「殺そうとって……まさかそれって透子さんのこと?」
聖の漏らした言葉に楓はハッとする。
「ああ。確かそんな名前だったか」
楓の問いに、聖は気のない返事を返す。
「あれはあなたの仕業なの? それじゃあ、もしかして早山先生の時も……」
透子の時も早山の時も同じ状態だった。
早山は自分のしたことを覚えていないと言う。
もし暗示をかけられていたなら、あるいはそうなのかもしれない。
「そうだ。もっともあの男の場合、役割はちゃんと果たしてくれたがな。学園内の見取りからセキュリティ管理のシステム。生徒の名簿。すべての情報を持ち出してくれた。嘉神綜一狼の命を取るようにとも命じたが、まあそれは、大した期待もしていなかったがな」
「そんなっ」
まるで何でもないことのように、言葉を吐き出す聖の様子に楓は深い憤りを感じる。
「感情の負の部分を操り自我を支配する。羊の群れに狼が入り込めばすぐに見つかるが、羊の群れに羊が入っても分からない。そう思わないか?」
「あなたは一体誰?」
混乱する楓の様子に聖は小さく笑う。
笑う聖の姿にドキリとする。
何て冷たい笑い方をする人だろうと思う。
違ウ。
訳の分からない強い拒絶感。
小さく胸が疼くのを感じて、楓は胸元を強く掴んだ。