表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/91

記憶の欠片(2)


「あ……」


 フッと意識が戻る。


「ゆめ」


 楓はそう呟き違うと気付く。

 そう。

 違うのだ。


(あれは現実にあったことだ)


 思い出した。

 

 自分は綜一狼と出会ったことがある。

 南条家に引き取られる前、幸せしか知らなかったその時に。

 綺麗だけど冷たい、でも本当は泣き虫だった少年。

 それが綜一狼だ。


 でもあれはいつの頃だろう……。

 あそこは、どこだった? 

 自分は何しに行ったのか?

 綜一狼は何をしていた?


 思い出せない。

 記憶を辿ると、途中で切り取られているかのように、スッポリとそこだけが空欄になっている。

 まるで抜け落ちたジグソーパズルのピースだ。

 そんなことを思いながらぼんやりと、ぽっかりと空洞になっている天井を見上げる。

 そうだ。

 あそこから落ちたのだ。

 ぼーとする意識の中、思い出したのは透子にナイフを突きつけられたこと。

 そして、振り上げられたナイフを見て、目を閉じたのだ。

 何だか体が浮いたような感じがしたが、あれは壁が崩れて落ちたからだったんだ。

 地面に付く前に気を失ってしまったらしい。

 体中がギシギシと痛む。

 楓はゆっくりと上半身を起こす。


「何とか立てる」


 ところどころ痛むにしろ、結構な高さから落ちたわりに、骨の一つも折れていないのだ。

 奇跡的と言ってもいい。


「透子さん」


 声を出してみるが何の返答もない。

 ジャンプしてみても、とても届きそうも無い。

 辺りは薄暗く、視界が極端に狭く、うまく状況が把握できない。


(ともかく、ここから出なきゃ)


 一応は地下室な訳だし、上に続く階段の一つもあるはずだ。

 楓は深呼吸一つして、歩き出す。

 今はともかく、ここから抜け出すことが最優先だ。

 あの透子の尋常でない行動。

 もし、綜一狼たちにも襲い掛かったら……。

 一刻も早く、このことを綜一狼に伝えなければならない。

 

 楓は壁に手をかけながら、ゆっくりと進む。

 幸いにも一本道。

 迷うこともなく前に進める。

 石畳の床は楓の足音を響かせる。

 それが小さな頃、夜中に起きて廊下を歩いたその時を思い出させて、ひどく心細くなる。

 まるで小さな子供に戻ったような気分。

 そして気が付く。

 いつも隣には、綜一狼と静揮が居てくれたのだと。

 二人の存在が、自分にとってどれほど心強いものだったかということが。


(私一人でだってがんばらなきゃ)


 頼ってばかりじゃいけない。

 自分の力で脱出するのだ。

 そして、自分の気持ちを二人に伝えなきゃいけない。

 今頃になって気が付いた。

 自分は知らないうちに、すべてから逃げていたのだと。

 失うことが恐くて、一人にされてしまう気がして、自分の気持ちを押し殺すことで、変わることから目をそらしていた。

 静揮の優しさの中に隠された本当の想いも、綜一狼を好きだという自分の気持ちからも。

 ルナの言葉の意味が今なら分かる。


『どんな人でも、好きになる時は好きになっちゃうのよ。それがどんなに、見込みがなくても報われなくても、それでも好きになるの』


 自分はこんなにも綜一狼が好きだ。

 見込みのない報われない気持ちだけど、それでもこの気持ちを愛しいと思う。

 大切にしたいと思う。


(光……)


 数メートル歩いたところで、視界に仄かな明かりが目に入った。

 暗がりの中、距離感は掴めないが、それは確かに存在する明かりだ。

 楓は安堵の息を吐く。

 明かりがあるということは、人もいるかもしれない。

 楓は光へと向かって歩みを速めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ