記憶の欠片(1)
そこは木漏れ日が眩しい箱庭のような場所だった。
敷き詰められた芝生とたくさんの木々。
高い壁に囲まれた庭。
そこで少年と出会った。
「誰?」
少年を見たとき、楓は綺麗だけど冷たい子だと思った。
声が恐かった。
目が自分を拒絶していた。
「私は楓」
けれど、にっこり笑って名前を告げた。
「どうしてこんな所に?」
「内緒よ。内緒のことなの」
これは秘密のことなのだ。
誰にも言ってはいけない。
だって見つかってしまったら大変だから。
「ここは遊び場じゃない。出てけ」
楓の答えに不愉快そうに、少年はそう言い放つ。
その場にそぐわない、冷たい目を向けて、冷たい声を出す。
「遊びじゃないもの……。大切なことなんだもの」
怒られたような気がして、楓はスカートの裾を握り締めて、瞳を潤ませる。
「俺は知らない。そんなこと関係ない」
泣き出す寸前の楓から視線を逸らし、少年はぶっきら棒に言葉を吐き出す。
それが合図だった。
「意地悪っ……ヒック……」
瞳から大粒の涙が溢れ出す。
後は言葉にならない。
ただひたすら泣きじゃくる。
「うるさい。うるさい。うるさいっ!」
最初は呟くように、けれど最後は怒鳴り声となる。
それでも楓は泣き止まない。
遠慮なく声を張り上げ、留めなく涙を落とす。
楓の足元は、雨の降り出しのように、点々と濡れている。
「最悪だ。うるさい。もういい加減にしてくれよ……」
その言葉は、楓に向けたものではなかった。
目に見えない何か、自分に不幸をもたらす何かに、投げつけた言葉だった。
そして言葉と共に、頬を伝う何か。
それを見つけた楓は、ピタリと泣くのを止める。
「……」
俯いていたが、少年は泣いていた。
「ごめん……なさい。泣かないで。私、もう泣かないよ? だから泣かないで」
自分の所為で少年は泣き出した。
楓はそう思い、少年に駆け寄ると必死に言う。
「うるさい」
少年は掠れた声で言葉を吐き出し、耳を塞ぎ座り込む。
「うるさい」と言われては、慰めることも出来ない。
楓は途方に暮れる。
が、次の瞬間、楓は思い出す。
自分がこういう場合、どういう風にしてもらったかを。
楓も座り込み、そして少年の体に抱きつく。
「あのね、あのね。泣いてるとね、ママがギュッてするのよ。そうするとね、悲しいことがぜぇんぶ無くなるの。悲しいことをね、吸い取ってくれるのよ。だからね、楓もお兄ちゃんの悲しいこと吸い取ってあげる。ママみたいに全部は無理かもしれないけど、半分くらいは大丈夫だと思うのよ」
少年と目が合うと、楓は一生懸命にそう説明する。
その言葉に、少年は固まり最初はキョトンとしていたが、次の瞬間、爆発するかのように泣き出す。
「うわーっ」
少年は声を上げて泣く。
その声は、さっきの楓の比ではない。
「え? ど、どうして泣くの。泣かないでってばぁ」
こんなはずではなかったのに。
困り果て、とうとう楓も泣き出してしまった……。
温かな木漏れ日の下、少年少女は泣いている。
悲しみと優しさに包まれて。




