それぞれの想い(5)
「……」
走っていた綜一狼は、足を止め、今来た道を振り返る。
「うぉい! 突然止まるなよっ」
すぐ後ろを走っていた守屋は、ぶつかりそうになり、口を尖らせて抗議する。
「今何か、聞こえなかったか?」
もう一度耳を澄ますが、あるのは静寂のみ。
「気の所為か……」
そう口にしながらも、妙な胸騒ぎがする。
どうにも嫌な感じだ。
と、綜一狼は思う。
「……」
同じく来た道に目を向けている静輝は、どこかいつもの覇気がない。
「二人ともボヤボヤしてんなよっ。ちゃっちゃっと、確認しちゃおうぜ! ったく。時間外労働だぜ。報酬割り増し要求してやるからな」
ブツブツと呟きながら走り出す。
「時間内に成果を出さないお前が悪い」
その後に続く綜一狼が、シラッと言い放つ。
「出せるか! こっちがどんだけ苦労してるか」
ブーブーと文句を言う守屋。
「妙に静かだな。どうかしたのか?」
いつも何かしら口を挟む静輝が、まったく何も言ってこない。
綜一狼は静輝に目を向ける。
「……俺、楓に告白したから」
「!?」
「はっ?」
息一つ乱さず、綺麗なフォームで走る静輝は、淡々とそう言い放つ。
「こ、告白!? マジマジ? 愛の告白!?」
スパンッ。
興奮気味な守屋の頭を、切れのある動作で叩く綜一狼。
「黙れ。痛い目に合わすぞ」
「いや、今ので十分痛い……いえ、なんでもございません」
涙目で抗議しかけたが、綜一狼の顔をみて、守屋は慌てて口を引き結ぶ。
「お前の気持ちは知ってたさ。だが、なぜ俺にそれを言うんだ?」
いつもと変わらない綜一狼の声。
「黙っているのはフェアじゃないだろ。俺だってお前の気持ちは知ってる」
「そうか……」
「それと、楓にキスした」
続いた静輝の言葉に、綜一狼は足を止める。
「今、何て?」
「楓にキスをしたといったんだ」
同じく足を止めた静輝が、淡々とした口調で繰り返す。
「……だから、姫さん泣いてた……っと」
仕方なく立ち止まった守屋は言いかけて、『言わない』という約束を思い出し、慌てて口を噤むが遅かった。
ガッ!
綜一狼が静輝を殴り飛ばす。
静輝は何の抵抗もせず、その拳を受け、そのまま通路の壁に体を叩きつけられる。
「お、おいっ」
なおも殴りかかろうとした綜一狼を、守屋は慌てて押さえ込む。
「ふざけるなっ。どういうつもりだ!」
守屋に抑えられながら、綜一狼は怒りを宿した瞳を静輝に向ける。
「……お前には分かんねーよ。俺は楓にとって、このままじゃ一生『優しい兄貴』のままだ。それを壊すとっかかりがほしかった」
切れた口からにじみ出した血を拭いながら、静輝はそう吐露する。
「それが、楓の気持ちを傷つけていい理由になるのか? お前を信頼している楓を、なぜ裏切るような真似をするんだ」
「……」
綜一狼の言葉に静輝は黙り込む。
その場に、重苦しい空気が立ち込める。
「あら~? 楓の騎士二人がこんなところに」
暗がりから、その場の空気にそぐわないソプラノが響く。
「……あらら? 何だか変なとこに来ちゃったかしら?」
守屋に押さえ込まれている綜一狼と、壁に寄りかかり頬を腫らす静輝の姿を見止めて、その場に現れたルナは乾いた笑いを零した。




