それぞれの想い(4)
仄かな懐中電灯の明かり。
徐々に遠ざかる三人の足音が消えると、後は呼吸の音さえ聞こえそうな静寂。
ソッと付いたため息さえ、楓の耳を掠め気分を滅入らせる。
「大丈夫かな、綜ちゃんたち……」
数分の空白が、何十倍にも感じる。
堪らなくなって、楓は隣りにいる透子に声をかける。
「・・・・・・」
問いの返事は返ってこない。
透子は綜一狼たちが消えた方角を見据えたまま、ピクリとも動こうとはしない。
「透子さん?」
静寂の中、止まったまま一言も発さない透子の姿に、楓は異様なものを感じ取る。
楓の声を無視しているというよりは、その声が聞こえていない。
そんな感じだった。
この無音空間で、それはあまりにもおかしなことだ。
「透子さん、具合でも悪い……」
「……ければ……」
「え?」
透子の口から漏れた呟き。
息を吐くのと同じくらい微かなものだった。
「透子……さん?」
フィッと透子は楓へと向き直る。
背の低い楓は、透子に見下ろされるような形となる。
その瞳を見た瞬間、楓は寒気が体を突き抜けるのを感じた。
何かがおかしい。
何かが変だ。
美麗な透子の顔は、まるで陶器の置物のように固い。
その瞳に生気はなく、代わりに無機質な美しさが彩っている。
「あなたさえいなければ、あの人は私を見てくれるのに」
透子の口から漏れた抑揚のない声。
今度ははっきりと聞き取れた。
けれど、楓は言葉を発することが出来ない。
「どうしてあなたなの? 何も持たない何も出来ないくせに。それなのに、あなただけが彼の心に入り込んでいる!」
叩きつけるようなその言葉に、初めて怒りがにじみ出る。
「透子さ・・・・・・」
ザシュッ。
最初、何が起こったのか分からなかった。
自分の頬を掠めた鋭い痛み。
ソッと手を触れると、手に赤い液体が付く。
そこでやっと気が付く。
何か鋭いものが、自分の頬を掠め切ったということに。
「あなたさえ、いなくなればいいのよ」
クスクスと壊れたように笑う透子。
その手にはいつの間にか、小型のナイフが握られている。
楓は数歩後ず去る。
「ねぇ。だから消えてよ。私の前から、綜一狼の前から消えてっ」
振り下ろされたナイフ。
それを楓は間髪で避ける。
体勢を崩しつつも楓は駆け出す。
まるで短距離のスタートダッシュだ。
楓はそれが下手だった。
屈んだ状態から駆け出すなんて、走りずらいことこの上ない。
けれども、今はそんなことを言っていられない。
縺れる足を必死に前に突き出して楓は走りだす。
(同じ……)
今回のような出来事は、今度で二回目だ。
もう決して体験しないだろうと思っていたこと。
まさかこんなにも早く出会うことになるとは、思いもしなかった。
透子の今の状態は、早山の時と同じだった。
ただ違うのは、今回のターゲットが綜一狼ではなく自分だということだ。