ずっと好きだった(3)
楓のその言葉に、静輝は真顔で答える。
「そんなことはないだろう。俺は、片桐より楓のほうがずっといい女だと思うぞ」
これは紛れも無い本心。
透子は確かに美人だがそれだけだ。
ずっと楓だけを見てきた静揮にとっては、まったく眼中にない相手。
だが、静揮のその言葉に楓は大きく首を振る。
「そんなことない。現に綜ちゃんだて」
「綜一狼?」
消え入りそうな楓のその言葉に、静揮は目を丸くする。
「うん。綜ちゃんは透子さんのことが好きだもの」
でなければキスなんかしない。
生徒会室での二人のキスシーンを思い出す。
少なくとも、あれは無理やりのキスではなかった。
極自然に当たり前のように、唇を合わせていた。
嫌になるくらい綺麗なシーン。
「そんなことはないだろ。綜一狼だって楓の方がいいに決まってる」
綜一狼と透子の仲が噂にあることは、静揮だって知っている。
だが、綜一狼は紛れもなく楓が好きだ。
透子が綜一狼を好きだというのは知っているが、綜一狼はそれをものの見事に無視している。
もっとも、生徒会の宣伝効果として、敢て噂を放っておいているし、透子の気持ちを利用しているような節があることも確かだ。
(まさか、楓がそんなことを気にしてるなんてな)
まだまだ子供だと高を括っていたというのに、まさかそんなことを言い出すとは、驚きだった。
「そりゃあ、綜ちゃんは私を好きだって言ってくれるけど、それはきっと妹みたいな感じで……」
楓の言葉は、モゴモゴと妙に歯切れが悪い。
「楓?」
「う、ううんっ。別にそれが嫌とかそういうんじゃなくて……ただ何となくモヤモヤしてて……。あはは。何だかおかしいよね。ごめん。静ちゃん、今のなしっ」
自分を呆気にとられたように見つめている静揮の顔を見て、楓は慌てて言う。
「そんなに、綜一狼のことが気になるのか?」
楓の言葉。
それはまるで……。
楓が来てから十年が経つ。
自分と楓。綜一狼。
その関係はずっとバランスよく保たれていた。
それが、少しずつずれて来ている。
そのことに今更ながら気が付く。
あせり。
綜一狼が楓を好きなのは火を見るよりも明らかだ。
そして、楓も綜一狼を気にしている。
その事実に強い衝撃を受ける。
楓は自分を兄としてしか見ていない。
自分の後を必死について来ていた少女。
それも昔のことで、今は自分から離れていく気がする。
平行線だ。
この先何年たっても、静揮は楓にとって優しい兄でしかない。
そう考えると、堪らなくなる。
「あ、やっと階段終わったね」
永遠に続くかと思われた地下への階段。
最後の一段を降りきると、楓は静揮と繋いでいた手を離す。
「静ちゃん?」
だが、静揮は楓の手に力を込めたまま、その手を離そうとはしない。
そんな静輝の様子に気が付き楓は足を止めた。