それは突然に(1)
「ねぇ! UFOが飛んでるーっ!」
一人の少年の言葉に、その場にいた数名の子供達が空を見上げる。
雲ひとつない青空の中、確かにそこにはぽっかりと一つ、白い物体が浮いている。
「ホントだー。すごい、すごーい!」
ランドセルを背負った子供達はキャッキャッと騒ぎ出す。
「どうしたんだい?」
そこを通りかかった、通勤途中のスーツ姿の男が興味を覚えて声をかける。
「あのねー。あそこ、UFOが飛んでるの!」
自慢気に、最初にそれを見つけた少年が空を指差す。
「UFO? あぁ」
少年の指す方に目をやり、男は合点がいった。
「違うよ。あれは、飛行船だよ」
「ひこーせん?」
「そう。ちゃんとした、人が作った乗り物だよ」
「なーんだ」
男の言葉に、少年たちは口々に「つまんなーい」と言い口を尖らせながら、最初の騒がしさを保ったまま、走り去っていった。
後に残った男は暫く、空にぽっかりと浮かぶ真っ白な飛行船を見上げていた。
(それにしても本当に珍しいなぁ。何かの宣伝か。ちょうど稔川学園の近くだな)
少しの疑問を感じつつ、しかし、会社へ出勤する途中であることを思い出し、男もまた子供達とは反対の方へと、早足で歩き出した。
「ここが稔川学園ね」
クスクスと女が笑う。
女の眼下にあるのは塀に囲まれ、いかにも伝統と格式がありそうな建物。
真上から見てもその風景は美しい。
庭の手入れは行き届き適度に配置された緑が綺麗で、正門から十字路に別れた道には大きな噴水があり、裸体の女神像が瓶の中から水を溢れ出させている。
建物は古びていたが、それも趣味のよい建築家のおかげか、アンティークな雰囲気さえ漂わせている。洋館のような洒落た煉瓦作りのそこは、正門に学園名が刻まれていなかったら、到底学園とは分かりそうも無い。
選ばれた紳士淑女だけが入ることが許される、稔川学園は日本有数の名門校なのだ。
「ねぇ。ここに帰ってきたのは十年振りでしょ? 懐かしい?」
女は無邪気に隣りにいる人物へと尋ねる。
「別に」
「ふぅん」
相手の素っ気無い答えに女はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「時間だ」
手元の懐中時計に目を落とし男は呟く。
「もう行くの? せっかく望郷に帰って来たんじゃない。もうちょっとゆっくりしてればいいのに」
女は不満げに言葉を吐く。
「そうしたいのならお前だけでしていろ」
男は素っ気無く言うと、パチンと音を立てて懐中時計の蓋を閉める。
そうしてから、ゆっくりと学園を一望出来るその場から踵を返す。
「・・・・・・」
男の態度に女はしょうがないというように首を振る。
そうしてから、女はもう一度窓の外の風景に目をやる。
女の顔からは笑みが消える。
「待っていて必ず・・・・・・」
誰に言うでもなく女は言葉を零した。