宝探しの始まり(4)
「うわぁ。すごいねー」
楓は感嘆の声を発する。
「でしょ? ここって絶対、上から見たほうが綺麗なのよ」
ルナは答える。
ライトに照らし出された学園が一望できる。
あんなにも大きな学園も、今はまるで小さな箱庭だ。
「私、上からこんな風に学園を見下ろしたのって始めてかも」
その光景に暫くの間目を奪われる。
「ここがね、一番眺めがいいの。学園全体が見渡せるでしょ?」
「でも、よくこんな場所知ってたね」
「うふふ」
楓の言葉にルナは笑って答える。
「ここが、この学園で一番高い場所なのよ。唯一、機械仕掛けじゃないし、滅多に人も入ってこない。絶好の隠れ場所。今日はすべてのセキリュティを一時的に解除してあるってメールに書いてあったし、学園の敷地内に入り込めばこっちのものだわ」
「うん。それにしても時計塔の中に入れるなんて、全然しらなかった」
楓たちがいる場所。
それは、学園の片隅にある時計塔。
「塔」というだけあって、それは巨大でかなり高い。
ビル五十階分くらいの高さはありそうである。
レンガ造りの円筒形。
中に入り、最上階まではひたすら階段。
しかし、肝心の時計はもう何十年も前から止まったままで、ほとんどアンティークと化している。
妙な存在感を持ちつつも、ルナの言う通り滅多なことでは人は近付かない。
楓たちは時計塔の最上階、ちょうど、時計の十一と十二のローマ数字の間にある、くりぬき窓から、外を見下ろしていた。
そこからは、空の星も月も近く、地上はひどく遠く感じる。
まるでぽっかりと空に浮き上がったような感覚になる。
「ルナってば本当に何でも知ってるのね」
「まあね。それにしても、秘密の『宝探し』なんてこの学校も変わってるわ。おもしろいからいいんだけど」
心地よい風に身を任せながら、ルナは髪の毛を掻き揚げる。
「綜ちゃんの考えることだから」
楓は小さく笑う。
綜一狼のやることにはいつも驚かされる。
突拍子が無く強引。
けれど、そのやり方が間違っているわけじゃない。
ちゃんと筋の通った考えがある。
今回のこともそうだ。
プロを雇うのは簡単だが、綜一狼はあくまで自分のテリトリー内で見つけ出したいのだ。
だから、稔川学園の生徒会長の範囲内で、一般の生徒たちの力を借りて『空の涙』を探し出そうとしている。
しかも、一般の生徒は多分、暇つぶしのゲームくらいにしか思っていないだろう。
金と時間を有り余らせている上層階級の生徒が、こんな話を無視するはずがないのだ。
生徒たちに事がばれることはなく協力させる。
何とも奇抜なアイディアである。
「ホント、綜ちゃんにはすごいよ」
「ね、ずーっと、気になってたんだけど、楓って嘉神のこと好きじゃないの。あ、もちろん男としてよ」
ニコッと笑い、ルナは楓の顔を覗き込む。
「へっ?」
唐突な質問に楓は答えに詰まる。
「私ね、二人は恋人同士だって思ってたの」
ルナの言葉に、楓は「違う違う」と思いっきり首を振る。
「だって綜ちゃんは、私の幼馴染だけど、本当の家族みたいで……恋とかとは違うと思うな」
答えはあやふや。
好きかと聞かれれば、もちろん好き。
でも、恋をしているのかと聞かれれば頷けない。
「恋じゃないの?」
「じゃない……と思う。それにっ! 私なんか、綜ちゃんと釣り合わないもの」
綜一狼と透子のキスシーンが頭を過ぎり楓は苦笑する。
綜一狼に似合うのは、透子のように綺麗で聡明な女性だ。
そう思うのに、なぜか胸がズキズキと痛い。
「関係ないよ」
楓の答えを聞き小さく笑い、ルナは静かに言葉を吐く。
「え?」
その様子がいつもよりずっと静かで真剣で楓はハッとする。
「どんな人でも、好きになる時は好きになっちゃうのよ。それがどんなに、見込みがなくても報われなくても、それでも好きになるの」
そう静かに言葉を紡ぎ、ルナは空の月を見上げる。
「ルナ?」
月明かりの下、ルナの表情がひどく寂しげで悲しそうで、けれど楓には、そんなルナが今までのどんな時よりも美しく見えた。
「さて、そろそろ行こう」
窓から離れ、一度大きく背伸びをして、ルナはいつもの笑顔で楓を促す。
「あ、うん」
気が付けば、予定時間を少し回っている。
そろそろ、『宝探し』も始まり出した頃だろう。
(好きになる時は好きになる)
その言葉が、楓の頭の中に呪文のように響いていた。