嵐の前の静けさ(3)
「いきなり来て喧嘩売んなよなっ」
「別に。本当のことだろ」
「あのなー」
浸っていた楓は、二人の言い争いに我に返る。
「二人とも喧嘩しないで。すぐに、朝食にする………………あー!」
ハタッと思い出す。
今の今まで、目玉焼きをすっかり忘れ去っていたことに。
慌ててフライパンを覗くが遅かった。
すでに、目玉焼きは見るも無残な姿になってしまっていた。
「さすがに焼きすぎですね」
『失敗をして物事を覚えるもの』という教育理念を持つ春重は、目玉焼きの様子を知りつつも、口には出さなかった。
「まったくしょうがないな、楓は」
固まっている楓の隣から、それを覗き込み綜一狼は意地悪く笑う。
「はあー。やっちゃった」
楓はガックリと頭を垂れる。
今時の十六歳にしてはしっかりしているのだが、おかしなとこが抜けている。
これは綜一狼の弁であり、その他の人々も認めるところである。
「なぁに、失敗は誰にでも有るさ」
すかさずフォローを入れたのは静揮だった。
よしよしと楓の頭を撫でる。
「ま、食えないことはないだろ。俺が引き受けてやる」
綜一狼はフライパンを持ち上げて、器用に炭になる一歩手前の真っ黒な物体を皿に移す。
「ううん。これは自分で食べる」
幼馴染みの言葉に感謝しつつも、楓は大きく頭を振り、綜一狼から皿を取り上げた。
そもそも、南条家の朝食に綜一狼を誘ったのは楓なのだ。
両親が海外の仕事で家には不在のため、綜一狼は面倒臭がってなかなか食事をしない。
平気だ、という綜一狼を無理やり誘った手前、きちんとした物を出す責任がある。
「ちょっと待ってね。すぐにちゃんとしたの作るから」
有無を言わさず、楓はくるりとガスコンロに向き直り、急いで卵を掴み取った。
「ホント、楓はいい子だな。感謝しろ、綜一狼」
その姿を見て、静揮はシミジミと親馬鹿ならぬ兄馬鹿な発言をする。
綜一狼は「はいはい」とゾンザイな返事を返す。
「今度は失敗しないからね」
楓はそう意気込んで言い、二つ目の目玉焼きに取り掛かる。
そんな楓の姿を、綜一狼と静揮が優しい目で見つめていることに、楓は気が付いていなかった。
(きっと楓お嬢ちゃんは、お二人の気持ちに気が付いていないのでしょうねぇ)
またも、熱心にフライパンの上の目玉焼きと睨めっこしている一人の少女と、その姿を一心にみつめている二人の青年の姿を見ながら、春重は苦笑せずにはいられなかった。