キス×2(6)
その場面を目撃してしまった楓は、その場に座り込んでしまう。
心臓がドキドキと音を立てている。
ずっと、綜一狼は透子と付き合っている。
そう思っていた。
だから、キスをしたって何の不思議もないはずだ。
そう思っているのに、心の中がモヤモヤする。
嫌な感じだ。
自分の中で発生した黒くて苦い思い。
それを持て余し楓はひどく戸惑う。
書庫の隅に座り込んだまま立ち上がれない。
息をすることさえ苦しいほど胸が締め付けられている。
妙に居た堪れない。
すぐにここを出よう。
混乱する頭の中、楓は思う。
綜一狼のいたデスクを覗き込む。
そこに綜一狼の姿はない。
楓はヨロヨロと立ち上がる。
その時だった。
「そこで何をしてるんだ?」
真後ろから声が降り注ぐ。
「盗み見なんて感心しないな」
どうやらいつからか、楓の存在には気が付いていたいたらしい。
覚悟を決めて楓は振り向く。
その姿を見止めて、綜一狼は驚いたように目を見開く。
まさか、隠れていたのが楓とは思っていなかったらしい。
「見る、つもりはなかったの。ごめんなさい」
立ち尽くす綜一狼を尻目に、平坦な声を出し楓は深く頭を下げる。
喉がカラカラに渇いているみたいだった。
知らず知らずのうちに声が硬くなっていた。
「見て、いたのか?」
綜一狼の問いに楓はコックリと頷く。
「誤解するなよ。今のは……」
「平気だよ。好きな人とキスするのは普通のことだよ。私だって子供じゃないもの。そのくらい分かってるから」
楓は何とか笑みを作る。
「違うんだ。あれはそういうんじゃない」
綜一狼の言葉が空しく楓の耳に届く。
「誤魔化さなくてもいいってば。私、誰にも言わない。分かってたことだし」
(これじゃあ怒ってるみたいだ)
そう思っても、声が強張るのを止められない。
言葉も止めることが出来ない。
「綜ちゃんと透子さんはすごくお似合いだし、透子さんなら、綜ちゃんのこと……」
「楓ッ。だから違っ」
「聖に会ったの」
言いかけた綜一狼の言葉を遮り、楓は静かに言う。
「なに?」
綜一狼の顔色がサッと変わる。
「聖は私に『何か』を思い出せって言ったわ。それが何なのか、私にはまだ分からないけど」
「他には?」
「それから……」
不意に聖に唇を奪われたことを思い出す。
だが、楓はブンブンと首を振りその場面を振り払う。
「綜ちゃんとは一緒に居ちゃ行けないって」
「……」
「綜ちゃんは、あの人のことを知っているの? ううん。もしかして私のことも何か知ってるんじゃないの?」
綜一狼は黙り込む。
「隠さないで教えて」
「・・・・・・あぁ。知っている。お前が、『南条』になる前から、俺は楓を知っている」
ため息を付くように、綜一狼は言葉を吐き出した。




