キス×2(5)
(眠ってる?)
生徒会長用の座席に突っ伏した綜一狼は、双方の瞳が閉じている。
楓が部屋の中に入り込んでもピクリとも反応せず、規則正しい寝息を立てている。
そんな綜一狼を前に、楓はあたふたと狼狽する。
心の準備が出来ていない。
一度はこのままユーターンしてしまおうかと踵を返す。
だが、一向に目覚める気配がない綜一狼の様子に、楓は恐る恐る綜一狼に近付く。
(うわぁ)
綜一狼の顔を覗き込み、楓は思わず感嘆する。
いつもは決して見せることのないあどけない寝顔。
無防備に穏やかな寝息を立てるその姿にドキリとする。
暫くの間、思わず見入ってしまう。
「ん・・・・・・」
観察をしていたその時、綜一狼が小さく声を上げる。
起きるのかと、楓は思わず身構える。
だが、綜一狼はそのまま、すぐに規則正しい寝息を立て始めた。
(疲れてるのかな?)
当たり前かもしれない。
綜一狼が暇そうにしているところなんて見たことがない。
楓はソッと綜一狼に手を延ばし髪に触れる。
「無理しないで」
そっと呟く。
綜一狼は人に頼らない。
弱さを見せたことがない。
それをこの頃は、少し寂しいと思う。
「誰かいるの?」
澄んだよく通る声。
(えっ、透子さん)
別にやましいことは何もない。
そのはずなのだが、楓は反射的に綜一狼から離れ、書庫の後ろに身を隠す。
「綜一狼」
間一髪のところで、入れ替わるように透子がその場に姿を現す。
綜一狼の姿を見つけて透子は苦笑する。
「起きて。綜一狼」
「・・・・・・何だ。透子か」
そっと囁いた透子の声で、綜一狼はやっと目を覚ます。
「何だとはご挨拶ね。もう会議が始まるのよ」
透子は髪を掻き揚げ呆れたように言い放つ。
「少し寝ていた。……それで夢を見た」
「夢?」
「天使に抱きしめられている夢。すごく気持ちがよかったんだけどな」
綜一狼は小さく笑う。
「・・・・・・」
カタリ。
綜一狼が座る椅子が、重圧を受けて小さく音を立てる。
小さな沈黙。
その場面を見て、楓は目を見開く。
重なり合う二つの影。
綜一狼の体に絡みつく細く白い腕。
美しい長い髪も綜一狼の体に降り注ぐ。
柔らかく温かそうな唇が、綜一狼の唇に触れている。
綜一狼は、それを受け入れることも拒むこともしない。
ただ、美しいその少女との触れ合いを他人事のように見つめている。
楓は視線を逸らし、その場に座り込む。
「・・・・・・夢の天使なんか役立たずだわ。私なら、あなたのために、天使にでも悪魔にでもなれるのよ」
唇を離すと、透子は綜一狼を真っ直ぐ見つめ言葉を紡ぐ。
「会議なんだろ?」
自分から身を離した透子に、綜一狼は素っ気無く言い放つ。
透子は一瞬寂しそうな表情を作り、けれどすぐに微笑みを浮かべる。
「十分後に始めます」
それだけ言うと、透子は身を翻しその場を後にした。