キス×2(3)
コノ人ハ誰?
明らかに先ほどとは違う。
まるで別人だ。
同じ顔。
同じ声のはずなのに、今目の前にいるのはまったくの別人。
「は、離してっ」
振りほどこうとしたものの、聖の手は腕に食い込むように強くビクともしない。
「ひどく嫌われたものだな。そんなにも、俺とあいつは違うか?」
その目が小さな陰りを宿す。
暗い沼底を思わせる孤独と憤りを秘めた瞳。
「あなたは一体……」
楓は混乱する。
明らかに違う。
違いすぎる。
「聖。そう。俺が聖だ」
楓に……というよりは、自分自身に言い聞かせるかのような言葉。
(違う。この人はヒジリじゃない)
少なくとも、自分が懐かしいと感じたその人ではない。
「離して」
強く掴まれたその腕が痛くて、楓は眉を顰めてもう一度言い放つ。
その声に、聖は座り込んだまま楓を見上げる。
「お前はまたそうやって逃げるのか?」
「え?」
青い聖の瞳が、貫くように楓を射抜く。
「思い出せ。すべての鍵はお前自身にある」
楓から手を離し、聖はゆっくりとその場から立ち上がる。
そんな聖を楓は無言のまま見つめる。
「分からないのならそれでもいい。けれど、これだけは覚えておけ。俺はお前を逃しはしない。忘れさせてなどやらない」
「どうして……」
投げかけた言葉はそこで途切れる。
聖の唇が楓の言葉を封じたのだ。
甘やかさの欠片もない、まるで何かの儀式のように機械的な口付け。
またも強く掴まれた腕が痛い。
触れた唇と交わる視線。
心を見透かすようなその眼差しから目が逸らせない。
『あなたはヒジリじゃない! あれは、ヒジリのなんだからっ』
小さな少女の声が脳裏を過ぎる。
『大好きだよ。楓。だから……』
青い青い空のように澄んだ瞳を知っている。
忘れたくないと強く想った。
だけど、その想いさえ忘れてしまった。
『楓、俺は……』
そして、いつも何かに怯えているかのように、孤独で寂しいこの瞳も知っている。
深い深い海のような冷たい青い瞳。
ジリリリリ……。
授業始まりの合図であるベルの音が鳴り響いた。
その音に我に返り、楓は弾かれたように聖から唇を離す。
そんな楓の腕を引き寄せ、耳元でもう一度囁く。
「すぐに迎えに来る。待っていろ」
心がコトリと音を立てる。
何が起きたのか何を言っているのか理解できない。
頭の中が真っ白だ。
楓は体中の力が抜けてその場に座り込む。
「あなたは誰?」
その場に取り残された楓は、瞳を閉じて呟きを零した。




