キス×2(2)
アナタは誰?
そう聞きたかった。
今を逃してしまったらきっと聞けない。
引き止めなければ。
その思いだけで、楓は聖を追いかけていた。
中棟を抜け大ホールに入る。
ホールは天井も壁もガラス張りで、円形の巨大な温室のようになっている。
授業の始まりも近い今の時間は、そこには楓と聖以外誰の姿もない。
「お願い、待って」
やっと追いついた楓は、背を向ける聖に言葉を投げかける。
暖かな日差しがその場一帯を明るく照らしている。
眩しすぎるその光に目を細めながら、楓は聖の姿を一心に見つめる。
「楓」
振り向いた聖が楓の名を呼ぶ。
その声には、愛しさと温かさが滲み出している気がした。
温かな笑み。
数日前に大型モニターでみた聖とは、かなり雰囲気が違い、楓は戸惑う。
「ヒジリ?」
胸が締め付けられる気がした。
この笑顔を知っていると思う。
前にもこの笑顔に出会ったことがある。
詳しいことは何一つ思い出せないのに、それだけは妙に確信が持てた。
「教えて……あなたは誰? どうして私を知ってるの?」
その問いに聖は小さく頭を振る。
「楓。僕は忠告しに来たんだ。何も思い出さないで。いや、思い出そうとなんて思わないで」
「どうして?」
その問いに、聖はもう一度小さく頭を振る。
楓を見るブルーアイの瞳は、優しくけれど悲しげだった。
「それから……嘉神綜一狼から離れた方がいい」
「え? どうして綜ちゃんと・・・・・・」
心が大きな音を立てる。
なぜここで綜一狼の名が出てくるのか。
楓は混乱する。
「君が不幸になってしまうから」
「不幸になる?」
ますます意味が分からない。
「全然分からないよ。どうしてそんなこと言うの? ヒジリは一体何を知っているの?」
「そして、もう二度と僕に近付いてはいけない……。いやっ。今も近付くべきじゃなかったんだ……お願いだ。楓。すぐに僕から離れてっ。ここからすぐに……」
言葉は最後まで続ず、小さなうめき声に変わる。
まるで操り人形の糸が切れたように、聖はその場に座り込む。
「ヒジリ!」
楓は訳が分からず、苦しんでいる聖に手を差し伸べる。
「いいからっ。逃げ……」
搾り出すような聖の声。
どう見ても尋常ではない。
「待ってて。誰か呼んでくるからっ」
駆け出そうとした楓だったが、唐突に腕を掴まれ引き止められる。
「…………その必要はない」
楓の腕を掴んだのは、紛れも無く聖だった。
先ほどの苦しみが嘘のように、落ち着き払った静かな声。
「痛っ!」
徐々に徐々に、楓を掴む聖の手に力がこもる。
その痛みに楓は顔を歪める。
「逃げろ……か。逃げられては困る。せっかくこうして機会を作ってくれたんだ。もう少し、一緒に居てくれよ」
顔を上げた聖の瞳を見て、体にゾクリとした感覚が突き抜けた。