好きな人は……(3)
「ご愁傷様。同情するわ」
その場に残されたルナは、少なからずショックを受けているだろう綜一狼に、クスクス笑いながら言葉をかける。
「分かっていることさ。あいつは、ああいうやつなんだよ」
楓の姿を目で追いながら、綜一狼は苦笑する。
楓をみる綜一狼の目は優しく温かい。
ほんの数日前から綜一狼と楓と知り合ったルナにだって一目瞭然な程、綜一狼は楓のことを特別視している。
それは、『幼馴染だから』という理由だけでは説明が出来ない程に。
それなのに、なぜ楓本人が気がつかないのか……。
鈍いのはもちろんだろうが、それにしても破滅的に鈍い。
(もしくは、無意識に気づかないフリをしている?)
そして、綜一狼も分かっているのかもしれない。
「どうして、ちゃんと好きだって言わないの? 楓だって、あなたのことを嫌ってるわけじゃないみたいだし」
興味が頭をもたげて、ルナは綜一狼にストレートに尋ねる。
「・・・・・・まだ時期じゃない」
幼馴染という関係を楓が一番大切に思っている今は、まだ自分の気持ちを伝えるべきではない。
綜一狼はもうずっと楓だけを見てきたのだ。それを今更焦るつもりはない。
「でも、早くしないと誰かに取られちゃうわよ」
「大丈夫だ。楓に近付こうとしている奴らは大方片付けた」
綜一狼は爽やかな笑みを浮かべ、サラリと答える。
「あ、あなた、そんな勝手なことして。もしかしたら、その中に楓を本当に幸にしてくれる人がいたかもしれないのに」
一体、どうやって『片付けた』のか?
気になるところだが、さすがのルナも怖すぎて突っ込めない。
「俺以外に誰が楓を幸せに出来る? 大体、俺に片付けられるような奴らの中に、楓を幸せに出来る奴なんているわけが無い」
(なんて自信なのかしら)
きっぱりと言い放つ綜一狼の姿にルナは言葉を失う。
確かに、綜一狼を倒さなければ、楓を幸せになど出来ないだろう。
しかし、あまりにも高すぎる壁だ。
「でもね、嘉神。油断は禁物よ? いつ、どんな相手が現れるか分からないんだから」
ニコニコと、けれど隙のない笑みを浮かべてルナは言う。
「それはどう言う・・・・・・」
「何の話?」
戻ってきた楓が話し込んでいた二人の間に入る。
「大した話じゃないわよ。ね、嘉神」
「ああ」
楓が戻ってきた以上、話は続けられない。
ルナの言葉にひっかかるものを感じつつ、綜一狼はルナに同意して頷く。
「ふぅん。あ、綜ちゃん。はい。これ」
楓は、綜一狼に紙袋を手渡す。
「何だ、これは?」
「あのね、さっきの時間調理実習でクッキーを作ったのね。それであの子達が、綜ちゃんにって」
綜一狼が楓の促す方を見ると、先ほど楓を呼んだ四、五人の女子が、きゃあきゃあと言いながらこちらの方を見ている。
それを確認すると綜一狼は楓へと視線を戻す。
「楓はくれなのいか?」
「あ、うん。綜ちゃんと静ちゃんにあげようと思ってとってあるだけど、でもそんなに食べきれないでしょ? だから、綜ちゃんの分は春重さんに」
「だめだ」
間髪を入れず、綜一狼が楓の言葉をさえぎる。
「?」
楓は綜一狼をキョトンとした顔で見る。
綜一狼の表情はどことなく不機嫌そうに見える。
しかし、楓にはその理由が分からず首を傾げる。
と、綜一狼は無言でさきほど楓が帰ってきた方向へと歩き出した。