好きな人は……(1)
夜狼が現れてから数日。
毎日は何事も過ぎていた。
騒がしかった楓の周りも、この頃はやっと収まり始めた。
暫くは、綜一狼と一緒にいるだけで注目の的ではあったものの、綜一狼は最初からそんなことはまったく気に止めていなかったし、元々順応力の高い楓はすぐにその環境になれてしまった。
時たま綜一狼のファンと名乗る女子達からの嫌がらせもあったのだが、なぜか妙に楓を気に入ったらしいルナが、それらをほとんど撃退してくれた。(小さな嫌がらせに関しては楓が、気が付かなかったというのもあるが)
「はぁ。平和だー」
今日一日の授業が終了し、担任が教室から出て行くのを見届けて、楓は椅子に座ったままうーんと背伸びをする。
「なにそれ? まるで、戦いか何かに行ってきたみたい」
楓の席の横で、壁に寄りかかかったルナがそれを聞いてクスクスと笑う。
「だって、ここのところ何かと騒がしかったでしょ? 今日は本当に久しぶりに静かに一日が終わりそうなんだもの」
「確かにね。今日はおかしな物が机に入っていたりしなかったし、徒党を組んだ女子が押しかけても来なかったし。廊下で足を引っ掛けられるってこともなかったわね」
ルナは指折り数えて、この数日で起きた出来事を一つ一つ言葉に出していく。
「え? あの、足を引っ掛けられたのってワザと?」
「・・・・・・今まで気が付いてなかったの?」
ルナは目を丸くする。
足を引っ掛けるのだって、一度や二度なら偶然で納得しなくもない。
が、すでにその行為は毎日のように繰り返されている。
どう考えても、普通の人なら故意のものだと気が付くだろう。
「だって、ちゃんと謝ってくれたし」
その言葉にルナは呆れ顔になる。
確かに、楓の足を引っ掛けていく人物は、皆謝りはする。
それはもう、嫌味のスパイスをたっぷりとまぶして。
「地味すぎて見えなかった」
だとか
「避けてくれるだろうと思ったのに(トロトロしてんじゃないわよ的に)」
など。
その度に、見事に倒れ込む楓を見下して、言葉を投げつけてくるのだ。
つまり、嫌味の前に「ごめんなさい」を付けているに過ぎない。
それらを、青アザをつけながらちっとも怒らないで、にっこり笑って「大丈夫よ」と返す楓を見て首をかしげていたが、なるほど。本人はまったく気が付いていなかったというわけか。
「それにしても困ったものね。・・・・・・そうだ。今度やられたら、嘉神に言いつけちゃえばいいのよ」
ルナはポンッと手を打つ。
「そんなこと出来ないよ」
楓はあやふやに笑い首を横に振る。
「どうして?」
「だって、私に嫌がらせしてくる人たちって、綜ちゃんを好きなんでしょ? きっと綜ちゃんには、知られたくないだろうし。そもそも誤解をさせちゃったのは、私の所為でもあるし。だから、きちんと話して分かってもらうようにがんばる」
「楓~」
ルナは楓をギュッと抱きしめる。
いくら女の子といっても、ルナの背丈はそこいらの半端な男子よりも高い。
標準身長より低い楓は、ルナの中にすっぽりと収まる。
「ル、ルナ?」
楓は、ルナの突然の行動に驚いて声を上げる。
「あんなストレスの塊みたいな女の子たちのことまで気遣うなんて。楓って、本当にいい子」
「別に、気を遣ったわけじゃなく、当然のことっていうか……」
それにしても、この頃よく人に抱きつかれている気がする。
自分はそんなに抱き心地がいいのだろうか?
などと思わず考えてしまう。
「離れろっ」
それを止めたのは、教室に入り込んでいた綜一狼だった。
手こそ出さなかったが、その存在は妙な威圧感を発していた。