ぬくもりを求めて(1)
十年。十年だ。自分が南条家に引き取られて十年。
楓は生徒会室を出て足早に進む。
「逃げることないのに」
『似てない』
ルナの台詞は痛かった。
まるで、「あなたの家族じゃないじゃない」と言われたような気がした。
自分が南条家の養女だということは、何十年と言う歳月を経ても、決して変わることの無い事実なのだと突きつけられた気分だった。
育てて貰っているだけでも有り難いと思わなければならない。
こうして、静揮と同じ高校に行かせて貰って、何不自由なく暮らさせてもらっているのだ。
何に不満があるというのだろう?
どうして、時々ひどく淋しいと思ってしまうのだろう?
いけないと、自分を戒めれば戒めるほどその気持ちは心に濃く影を落としていく。
「暗くなったってしょうがないじゃないっ」
楓は、廊下の窓の桟に寄りかかり、外の空気を吸い込む。
「あれ? 綜ちゃん」
何気なく見下ろしたそこに、綜一狼の姿を見つける。
綜一狼がいるのは裏庭だ。
そこは建物が完全にその場を囲っており、まるでその場だけ切り離されているかのように暗く雑然としている。
「あんなところで何してるんだろう?」
楓は首を傾げる。
裏庭などに誰も好き好んで足を踏み入れない。
そこにいくのは、学園内でも噂の芳しくない連中と相場が決まっている。
喫煙、カツアゲ、恐喝。
上層階級の学校といったところで、そういった部分では一般の学校と何ら変わらない。
いや、下手に権力を持っている分、問題は厄介だと言えるかもしれない。
そういったことに疎い楓でても、裏庭がどんな場所になっているのか知っている。
楓の中に不安が過ぎる。
何かトラブルでもあったのかもしれない。
一度不安を感じてしまうとそれが雪だるま式に肥大していく。
楓は慌てて一階へと駆け下り裏庭に向かった。
綜一狼の姿はすぐに見つかった。
楓はホッとして綜一狼に駆け寄ろうとした。
「綜・・・・・・」
声を掛けようとして、その場にもう一人の人物が居るのを見て、思わず楓は立ち止まる。
上からだと、木が邪魔していてその人物を認識出来なかったのだ。
「名は聖と名乗っていた」
綜一狼の低い声が楓の耳に届く。
(え? なに? 何の話?)
唐突に出た聖の名に驚く。
綜一狼の声が、いつもより幾分か冷たく聞こえるのは、声を潜めるように話しているからだろうか?
「ふぅん。にしても、ややこしい話だな。てっきり、アレはあいつらが持ってると思ってたのに」
綜一狼に答え、相手が言葉を吐く。
「ああ。しかしあいつらが持っていないなら、好都合だ。ともかく『空の涙』だけは、何があっても奴らに渡す訳にはいかない」
「!」
綜一狼の声がはっきりと耳に届く。
確かに綜一狼は空の涙と言った。
「つぅかあんたの場合はお姫様もだろ? 何せ、あの子は・・・・・・と」
男は唐突に言葉を切る。
楓が不審に思うまもなく、男の気配が近付いてくるのを感じた。
逃げようかと迷ってるうちに、楓は唐突に腕を掴まれてしまった。