転校生(3)
楓たちは、売店で昼食を買う。
普通に廊下を歩いていても、楓へは好奇の目が向けられている。
一連の揉め事の破片が四方に飛び散り、そこに尾ひれが付き、とんでもない話に発展していたりする。
それでなくとも『生徒会長に庇われたヒロイン』として、注目を集めてしまっている。
本当のところはどうなのか。
真相を知りたくてウズウズしているのは、一人や二人ではない。
(綜ちゃんに悪いことしちゃったなぁ)
周りからの視線を一心に受けながら、楓は小さく息を吐く。
教室でのあの質問攻めから察するに、自分が綜一狼の『彼女』なのだと、勘違いしている者たちが少なからずいるらしい。
綜一狼はただでさえ忙しいのに、こんなおかしなデマで煩わせたくはない。
「あのね、ルナ。ちょっと寄りたいところがあるんだけどいいかな?」
「うん。いいよ。でもどこに?」
小首を傾げながらルナは楓を見る。
「生徒会室なんだけど。ちょっと話をしたい人がいるから」
この際、先手を打って謝っておくのが一番だ。
楓はルナと共に生徒会室へと向かった。
「お邪魔します」
楓は、生徒会室にひょっこりと顔だけを出して中を覗き込む。
「よう。楓」
中には静揮の姿があった。
部屋に置かれたソファに腰掛けて、サンドウィッチやらおにぎりを次々と袋から取り出している。
どうやら、その場には静揮しかいないらしい。
楓は生徒会室に足を踏み入れる。
「静ちゃん、ここでお昼?」
「そっ。今朝のことも気になるし、綜一狼がどうするつもりなのかと思ってさ」
と言いつつ、静揮は持っていたおにぎりをほうばる。
「綜ちゃんは?」
辺りを見回すが、やはりそこに綜一狼はいない。
「昼でも買いに出たんじゃないか。そこに鞄もあるし」
「そっか」
見ると、確かに会長席には見慣れた綜一狼の鞄が置いてある。
「南条君。お昼なら教室で食べてくれない?」
他の役員二名と共に書類らしきものを抱えて生徒会室に入ってきた透子が、静揮に向かって非難めいた口調で言う。
「あ、もしかして、何か仕事中ですか?」
「いいえ。別にそういうわけではないんだけれど」
透子は小さく首を振り、冷たい視線を静揮に向ける。
「あなたったら、何かというとこの部屋に来て。ここを休憩室か何かと勘違いしてないかしら?」
「別にいいじゃないかよ。こんなに広い部屋なんだし、同じクラスのよしみでさ」
「それ、関係ないと思うわ」
静揮の言葉に、透子は冷たく言い放つ。
「あの、私たちはすぐに行きますから」
二人のやり取りを見て、楓は出口に足を向ける。
「いいわ。もう仕事も終わりにするつもりだったし。この際だから、楓さんもここでお昼にしたらどう?」
「いいんですか?」
外に出ても落ち着かないし、ここに居ていいというのなら有難い話だ。
「いいのよ。ただ、ちょっとまだゴタゴタしているものだから、苛付いてしまってごめんなさいね」
透子はぽつりと呟く。
「ゴタゴタって今朝の・・・・・・」
「ええ、まあ。でも、お昼くらいゆっくりしたいものね。気にしないで」
微笑みそう言うと、書類の片付けに入る。
「ところでさ、一緒に居るその子誰?」
呑気にモゴモゴと二個目のおにぎりをほお張りながら、静揮は楓に尋ねる。
「あ、うちのクラスに来た留学生のルナ・ボイスさん。一緒にお昼を食べようと思って」
「はじめまして」
静揮と目が合うと、ルナはにっこり笑って軽く会釈する。
「ああ。どうも。二年の南条静揮です」
食べかけのおにぎりを慌てて飲み込み静揮も頭を下げた。
「よかったな、楓。早速仲良くなったんだ」
「あ、うん。まあ、色々あって」
アハハッと、楓は乾いた笑いを浮べる。
「色々?」
その言葉に静揮は怪訝そうな顔をする。
「はい。実は・・・・・・」
「な、何でもないの!」
事情を説明しようとしたルナの口を、楓は慌てて押さえ込む。
さっきのことを静揮が知ったら心配するに違いない。
出来れば知られたくないというのが本音だ。
「て、いう時はなんか有るんだよな。楓は」
が、静揮には悲しいくらいにバレバレだった。