転校生(2)
その音に一瞬、楓への追及の声が止まる。
皆、反射的に音がした方へ視線を移す。
見ると、そこには木造の教卓が横たわっていた。
それには、しっかりと四本の足が付いている。
どこも折れてはいなかったし、不安定な場所にあったわけでもない。
もちろん、そんなものが倒れ込むほどの振動があったなど、この教室にいる全員が知っている。
つまり、誰かが故意に倒したということだ。
誰か、というのもこの際必要ないのかも知れない。
なぜなら、その張本人はその場にいるからだ。
倒した教卓に足をかけ、ふぅと軽く息を吐き出している。
金の髪は短くカットされ、耳にかかる程度の長さ。
耳にはグリーンの丸い小さなピアス。
そして、それと同じ色の大きく切れ長の瞳。
よく一人で教卓を倒すなどという行為が出来たものだと思わせる華奢な体。
まるで少年のような、中世的な美しさがある。
身に纏っているのは紛れもなく、稔川学園の制服だったが、リボンだとかベルトだとかを外した極力装飾品を無くした独特の着こなしは、それなりの個性になり、彼女の魅力をより一層引きだしている。
「何だよ、一体」
その様子を見ていた一人が唖然としつつ呟く。
それを聞きつけ、その人物はニッコリと微笑み言葉を吐き出す。
「黙れ」
と。言葉と表情が一致していない。
戸惑う周りをよそに、本人はスラスラと言葉を並べ立てる。
何語か分からない。
とりあえず日本語と英語ではないことは確かだ。
並べられた言葉が理解出来ず、その場の者たちは呆然とする。
「ふぅ」
一通り言葉を吐くと、その人物はもう一度息を吐き、ジッとその場の者たちを見る。
「・・・・・・」
その視線の強さに圧倒され、誰一人として言葉を口に出せない。
「早い話、か弱い女の子をいじめるなってことよ」
そう言ってスタスタと歩き、楓の前で足を止める。
周りはその迫力に押され、思わず道を譲っていく。
「ねぇ」
楓に向かい少女は言う。
「は、はいっ」
楓は驚いて声を上ずらせながらも、返事をする。
「今って昼休みじゃない? おなか減っちゃった。あなた、一緒に食べに行きましょ」
ニッコリと、天使と見紛うほどのかわいらしい笑顔を楓に向けて言う。
「あ。えっと、はい」
何が何だか分からないまま、楓は勢いで頷いていた。
「よしっ! 行こう!」
グイッと楓を教室から引っ張り出す。
呆然とするクラスメートたちに見送られ、楓は少女と共に教室を後にした。
「あ、あの、ちょっと待って!」
スタスタと歩く少女の歩みを、教室を出て数メートルの位置で楓は足を止め思い切って声をかける。 その声に少女はクルリと振り向き、グリーンの瞳を楓に向ける。
「なぁに?」
聞き覚えの無い言葉で何か言われたらどうしようかと思ったが、少女は普通に日本語で返事をした。 楓はとりあえずホッとする。
「えっと、さっきはありがとうございました。あんなに大騒ぎになるなんて思わなかったから、すごく困っちゃって。助かりました」
楓はペコリと頭を下げる。
「いえいえ。どういたしまして。だって、あなたすごく困り果てた顔をして、まるで迷子の子羊みたいだったんですもの。ついつい放っておけなかったのよね」
クスクスと笑いながら、少女は手をパタパタとさせる。
「楓って、思ってたよりずぅとかわいい子。よし。気に入ったわ」
上から下までじっくりと楓の姿を見て、少女はニッコリと笑う。
「思ってたよりって、私のこと知ってるの?」
その発言に、楓はキョトンとして首を傾げる。
「ウン。南条楓。知ってるわよ」
屈託のない笑みを浮かべ、少女は答える。
確かに知らていてもおかしくない。
早山先生の暴走に巻き込まれ、あまつさえ、綜一狼のあのパフォーマンスだ。
色んな意味で注目の的だろう。
こんなことで目立っても、ちっとも嬉しくないのだが。
「あの、それであなたは誰? あっ、もしかして例の留学生?」
一連のゴタゴタですっかり忘れていたが、昨日楓のクラスに留学生が来たはずだ。
それがこの・・・・・・。
「はい。正解。私はルナ・ボイスって言うの。ルナでいいわ。よろしくね。楓」
そう言うと楓に手を差し出す。
「うん。よろしく、ルナ」
差し出された手を取って、楓はにっこりと微笑んだ。