転校生(1)
結局、システムの復旧が完了したのはお昼近くになってからだった。
(綜ちゃん、どうするつもりなんだろ?)
生徒たちが登校してからも、細かな後始末で綜一狼は忙しそうに動き回っている。
生徒会役員ではない静揮と楓は、そうそうに生徒会室から追い出されてしまった。
気持ちは晴れないままながら、静揮と別れ楓は自分の教室の中へと入る。
「あれ?」
最初は気が付かなかった。
しかし、数秒後に異変に気が付く。
なぜか、教室はシィンと静まり返っている。
その上、教室の中にいる者たちの視線はあからさまに楓に向けられている。
あまりに異様な雰囲気に楓は思わず後ず去る。
「え、えっと・・・・・・」
自分の姿がどこかおかしいのだろうか?
確かにきちんと制服は着ているし、髪もそんなに乱れてはいないと思う。
それとも、顔に何かついているとか?
楓は訳が分からず、思わず自分の顔や服をペタペタと触り、おかしなところがないかと確認する。
「楓!」
「南条さん!!」
一瞬の沈黙。
それは嵐の前の静けさだった。
沈黙の後、クラスメートたちは男女を問わず、われ先にと楓の周りに集まり出す。
呆然としたまま、楓はあっという間にクラスメート達に取り囲まれた・・・・・・というよりは包囲されてしまった。
「ねぇ! 会長に抱きかかえられたって本当!」
この一言で、楓はこの異様な状態に合点がいく。
昨日の傷害事件。
それが、すっかりクラス中の話題になっていたというわけだ。
「あなたたちってただの幼馴染みじゃないの?」
「会長はてっきり透子さんと付き合ってると思ってたけど、それってカモフラージュだったんだ」
「うそでしょー! 会長と付き合ってるの!」
「俺は、早山先生と三角関係だったって、聞いたけど」
「つーか、早山が南条さんに言い寄ってたんだろ?」
「いつからそういう関係なのよっ」
矢次に繰り出される言葉。楓は硬直する。
すっかり忘れていたが、昨日は昨日でそんなこともあったんだ。と、妙に他人事に思ってしまう。
今日は今日で色々合った所為で、楓の中で昨日のことはすでに遠いものになっていた。
それにしても、多少の騒ぎは覚悟していたものの、まさかここまですごい反応とは。
人の噂を甘く見ていた。
話が広がるのが早い上に、中にはとんでもないホラまで含まれている。
周りを取り囲むクラスメートたちの迫力に圧倒され、楓はただ呆然とする。
「黙ってないで何か言ってよ。楓」
「南条さん!」
「どうなのっ」
当の本人を他所に、段々とその場が白熱してくる。
取り囲まれ楓は身動き一つ出来ない。
その上、後ろにいる者がドンドンと詰め寄ってくる所為で、目の前にいる者が楓を押しつぶしていく。
「痛ッ」
小さい楓はあっという間に人の群れに飲まれてしまい、早山に傷つけられた手の甲が、誰かにぶつかって忘れかけていた痛みを思い出させる。
「ち、ちょっと待って」
ズキズキと痛みだした手を庇いながら、やっと絞り出した声もその場の騒音でかき消されてしまう。 楓は途方に暮れる。
バンッ!
突然に鳴り響いた、何かが倒れ込む音。
それは、教室の中のざわめきを一瞬で押さえ込むほどの音だった。