オオカミ来襲(6)
「夜狼だと?」
綜一狼は息を呑む。
「冗談だろうが」
静揮も真面目な顔で声を固くする。
そんな二人のただならぬ様子に、楓はただキョトンとするばかりだ。
『ヒジリ』という名に引っかかるものを感じたものの、『夜狼』という名称は聞いたこともないものだった。
『名ぐらいは聞いたことはあるだろう? 世界を股にかける盗賊集団。世間は俺たちを、ほしいもののためなら手段を選ばない、残忍卑劣な獣集団なんて言ったりもしてるみたいだがな』
「そういえば」と楓はフト思い出す。
何年か前に、新聞でそんな記事を読んだことがあった。
世界的遺産の絵画が、予告があったのにも関わらず盗み出されたと。
「無敵の盗賊団」とかいう題がデカデカと紙面を飾っていて、この時代に「盗賊」なんて言葉がひどく不釣合いだと思ったものだった。
思えば、それが今目の前に居る『夜狼』だったのだろう。
「冗談はよしてくれ。なんでそんな有名人がこんなところにいるんだ? ここはただの学園だ。場所を間違えたんじゃないか?」
やっと平静を取り戻した静揮が、いつものように軽口を叩く。
その言葉を受けて、聖は口元を歪ませて小さく笑う。
「何がおかしいんだよっ」
「黙っていろ、静揮」
熱くなる静揮を押しとどめ綜一狼は聖に向き直る。
「わざわざ姿を見せたんだ。用件を言え。何が目的だ? 俺も、この学園にあんたが盗むようなものがあるとは思えないんだが」
淡々とした口調で綜一狼は言葉を吐く。
相手は自分たちの動揺をおもしろがっている。
相手をワザワザ喜ばせてやるほど、綜一狼はお人よしではない。
「空の涙。それを探している」
綜一狼の問いに聖は青い瞳を細める。
「ばかなっ! それは・・・・・・」
ひどく狼狽した様子の綜一狼を、聖はおもしろそうに見る。
『今日はちょっとした挨拶に来たまでだ。お前にな・・・・・・楓』
そこで映像は途絶えた。
後には、騒がしい雑音がその場に響くのみだ。
そんな中、楓はただ呆然と立ち尽くす。
どうして、あの男が自分の名を知っているのか。
それが、あまりにも意外なことだった。
「なんで、あの聖って奴が楓を名指しにするんだよ」
驚いたのは楓だけではなかった。静揮も、綜一狼も驚きを隠せない。
「楓、あの男を知っているのか?」
綜一狼の真剣そのものの問いに、楓は大きく横に首を振るのが精一杯だった。
心臓がドキドキと大きな音を立てている。
知らない。確かに知らないのだ。
でも知っている。知っているのだ。
楓の奥で何かがそう言っている。
相反する二つの答えが、楓の中で交差している。
でも、それを綜一狼や静揮に伝えるには、あまりにも曖昧すぎた。
自分自身戸惑っているこの感覚を、他の誰かに伝えるのはとても無理そうだった。
「そうか」
綜一狼もそれ以上、詮索はしなかった。
「綜一狼、お前はどうなんだ? 何か心当たりがあるんじゃないのか?」
暫くの沈黙の後、静揮は消えた画面を睨んでいる綜一狼に言葉を向ける。
「いや。それより生徒会室に行こう」
静揮の問いにそう答え、綜一狼はゆっくりと歩き出す。
話す気がないことを悟り、小さく肩を竦めてから、静揮もその後に続く。
(あなたは誰?)
今はもう何も映し出されていない画面を見つめ、楓は心のザワメキを押さえ込みながら、心の中で呟きを漏らした。