オオカミ来襲(4)
時は二十一世紀。
文明は確実に進歩した。
その中でも、稔川学園のシステムは目を見張るものがある。
すべてのものにおいて、最新の技術を取り入れる。
それが、この学園の謳い文句の一つでもある。
例えばセキュリティ管理。
生徒は一人一人、学園オリジナルのカードを持っている。
このカードには、特殊なICが埋め込まれている。
これを持っていなければ学園内に入ることは不可能。
つまり、それを身につけていることにより、その者が学園の関係者かどうか判断し、不審人物の侵入を防げるというわけである。
おまけに、個人の認識機能にもすぐれており、偽造その他一切の不正進入は不可能に近い。
また、学園内の販売物もすべてそのオリジナルカードでの支払いとなっている。
衣食住に必要な一通りのものが販売されており、生徒はそれをカード一つで買うことが出来る。
しかも、プリペイド式なので、買いすぎや不正な方法で手に入れられたカードの使用を抑えることが出来る仕組みになっているのだ。
その他にも学園の主な連絡事項は壁かけ式の大型テレビから、決まったペースで流れている。
知りたいこと聞きたい事がすぐにひきだせる、最新のコンピュータも備え付けられている。
そして、それらを管理しているのは綜一狼率いる生徒会だ。
そのため、生徒会の権力は下手な教師よりずっとある。
すべてのコンピュータ、セキュリティシステム。
そういったものは、厳重な管理の元、滞りなく使われてきたのだ。
そう。今までは。
校舎に足を踏み入れたと同時に楓は思わず耳を塞いだ。
「何これ?」
耳の奥に入り込む不快な音。
すべてのモニターが砂嵐になっている。
廊下に備え付けられた大型テレビからも、各部屋にある最新のものであるはずのコンピュータからも、セキュリティ管理の小さなモニターさえ、すべてが同じように電波のないテレビのように砂嵐を映し出している。
しかも大音量で雑音が響いている。
耳がおかしくなりそうだ。
「生徒会室に行くぞ」
同じように耳を押さえ込みながら、綜一狼が声のボリュームを上げる。
楓と静揮は頷き、綜一狼の後に続く。
(何だか怖い)
足早に進む二人の後ろから、楓は辺りをキョロキョロと見回す。
いつも見慣れているはずのその風景が、まるで知らない場所のようだ。
電灯さえイカレテいるのか、昼間だというのに薄暗く、モニターだけがボゥッと淡い光を放っている。
「楓、大丈夫か?」
その声にハッとして楓は顔を上げる。
綜一狼が足を止め楓の顔を覗き込んでいる。
楓は慌てて頷く。
「無理すんなって。楓は恐がりなんだから」
隣りにきた静揮が意地悪く言う。
「平気だよ」
無理についてきた手前、口が裂けても恐いだなんて言えない。
「大丈夫だ。俺がいるから」
そう言ったのは綜一狼だった。
口で何と言っても、態度で恐がっているのはバレバレだ。
「俺達だろーが?」
それに続き静揮が不満気な声で訂正する。
「そういえば一応、お前も居たんだな」
シラッとした顔で綜一狼は言う。
「まったく、いい根性してやがるぜ」
静揮は口元を引きつらせている。
「おかげ様でな」
嫌味なくらい(というか嫌味だが)綺麗な笑みを浮かべながら、綜一狼は涼しい顔で答える。
「相変わらずムカつく奴だな! 大体、お前は昔からな・・・・・・」
「昔の話などいちいち覚えていないな」
「てめーはっ」
「ぷっ。あははっ」
言い争う二人を見上げていた楓は、唐突に笑い出す。
「?」
あまりにも盛大に笑っている楓の姿に、綜一狼と静揮は目を丸くする。
「ごめん。でも、あははっ」
何もこんなところで言い争う必要は無いのに。
二人は落ち着いた口調ながら、その声は騒音に負け時と大きい。
傍から聞いている楓には、それがおかしくて仕方がなかったのだ。
不安な気持ちもいつの間にかき消される。
爆笑している楓を見て、綜一狼と静揮も思わず苦笑した。
「あれ?」
先に進もうと歩き出した直後、ふと視線を感じて楓は辺りを見回す。
一瞬、視界の端を横切る者を見た気がした。
「どうした? 楓」
「今、誰かいたみたい」
「まさか。他の生徒には、遅延連絡してあるはずだし、生徒会役員だったら、俺たちに寄ってくるだろ」
「ううん。でも、確かに人だったもの。こっち」
楓はそう言うと人影が消え去った方角へと歩き出す。
「あ、おいっ。楓」
妙に気になった。
明らかにこちらに気が付いていた。
それなのに、姿を見られた途端に逃げ出すなんておかしい。
楓は人影が消え去った方角へと歩き出した。