オオカミ来襲(2)
「うん。じゃあ、朝食にしようか」
席につき、その場の雰囲気も何となく和みかけた時、綜一狼が徐に口を開く。
「昨日のことなんだが、どうもおかしなことになって来た」
「何か分かったの?」
結局、訳が分からないまま早山は連行されていってしまって、あの後どうなったのか、楓はまったく知らなかった。
「いや。それが、早山本人は何も覚えていないと言うんだ」
「覚えていない?」
その言葉に静揮が顔を顰める。
「ああ。俺達を襲ったことも、それどころか、朝からの記憶がまったく無いと言っている」
「そんなことって・・・・・・」
確かに、自分達を襲った時の様子は尋常ではなかった。
それにしても、記憶がないなんてことが本当にあるのか、楓は考え込む。
「そんなの言い逃れに決まってるだろっ。あれだけ大暴れしてよく言えたもんだぜ」
静揮は眉を吊り上げて憤慨する。
楓に傷を付けたという許し難い行為。
できる事なら、二、三発殴ってやりたいというのが今の心境だ。
「今、精神鑑定もしているらしい。その結果が出てみないと何とも言えないがな」
「うん。早山先生があんなことをするなんて、今でも信じられないよ。すごくいい人だったのに」
学園で見る優しげな笑みを浮かべる早山を思い出す。
「それはどうかな。人は見た目だけじゃ判断できない。なぁ、綜一狼」
静揮は綜一狼に意味ありげに目を向ける。
その瞳にどことなく敵意が込められている。
「ああ。そうだな」
それを受けて、綜一狼は表情を変えることなく答える。
どこかよそよそしい空気。
「え、と・・・・・・」
その場が何やら重苦しい雰囲気になり、楓はオロオロする。
と、その時ちょうど、どこからともなく微かなアラーム音が鳴り響いた。
携帯電話の着信音だ。
「悪いな」
その音を聞き、綜一狼はすぐに制服のポケットから携帯電話を取り出した。
「俺だ」
綜一狼は、相手の言葉に何度か頷き、徐々に表情を険しいものに変化していく。
その様子を傍で見ていた、楓と静揮は思わず顔を見合わせる。
「・・・・・・分かった。今からすぐに行く」
最後にそう言葉を返すと、綜一狼は携帯を切り立ち上がる。
「何かあったのか?」
神妙な顔つきの綜一狼を見て、堪らず静揮が訊ねる。
「ああ。まったく、昨日といい今日といい次から次へと・・・・・・。楓、悪いがすぐに行かなきゃいけなくなった。朝食悪いな」
「ううん。そんなことはいいけど、一体どうしたの?」
昨日のことが脳裏を掠め、楓は心配そうに綜一狼を見る。
綜一狼の腕には、痛々しく包帯が巻かれている。
傷は浅いということだが、やはり完治するのに数日はかかるということだった。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。昨日みたいな乱闘はしないさ。ただ、ちょっとばっかり厄介なんだ」
笑いかけてはいるが、やはりその顔にはどことなく動揺が残っている。
「何があったの?」
楓は綜一狼に尋ねる。
「ああ。学園が乗っ取られたらしい」
綜一狼は至って真面目な顔でそう答えた。