オオカミ来襲(1)
「静ちゃん。朝ごはん、コーンフレークだけどいいかな?」
楓は台所から、リビングにいる静揮に声をかける。
「あー! そんなのは俺がやるからいい! 怪我人は安静にしてろって」
慌ててかけつけてきた静揮が、楓が手に持っていた食器を奪い取る。
「別に、怪我っていってもかすり傷なのよ?」
あまりにも大慌てでやってきた静揮に、楓は苦笑して言う。
あの傷害事件から一夜明けて、南条家はいつもと変わらない朝を迎えていた。
「怪我は怪我だ。いいから大人しく座ってなさい」
そう言って、静揮は無理やり楓を椅子に座らせる。
「平気なのに」
ふぅっと楓はため息を付き仕方なく席に付く。
それを見届けて、静揮はいそいそと朝食の用意を始める。
しかし普段やりなれないもので、その様子はどう見ても手当たり次第に物を引っ張り出しているようにしか見えない。
「悪い。コーンフレークはどこだ?」
「上の戸棚の左から二番目。あ、うん。そこ。あー、もっと奥だよー」
たどり着きそうでたどり着かない。たまらず楓が席を立つ。
「私が取ったほうが早いよ」
「悪ぃ」
言い出したのはいいものの、お湯すらまともに沸かしたことの無い静揮だ。
余計手間をかけるだけだった。静揮はバツが悪そうに頭を掻く。
「それにしても、こんな時に限って春重さんがいないんだもんな。まいっちっまうぜ」
静揮は、楓からの支持で冷蔵庫から牛乳を出しながら言う。
「私が行った方がいいって言ったの。友達が入院したっていうんだもん」
「命には別状ないんだろ?」
「それにしたって、私よりはひどいよ」
「結果はな。でも、一歩間違えばこんなもんじゃすまなかったんだぞ」
手に巻かれた包帯を見て静揮は眉を顰める。
「うん。ごめんね。心配かけて」
「まぁ、無事でよかった」
静揮は軽くぽんぽんと楓の頭を叩く。
「あれ? そう言えば綜ちゃん遅いね」
いつもなら、とっくにやって来ている時刻である。
「そーだな」
綜一狼の名にムッとして、静揮は気の無い返事をする。
「私、迎えに行ってこようかな?」
「何でワザワザ楓が行くんだよ」
その言葉に静揮が異をとなえる。
「だって傷の具合心配だし。もしかしたら痛くて動けないのかも。うん。そうだよ。綜ちゃんてば、無茶ばっかりするから、またきっと何かやって・・・・・・」
自分で言いながら本気で心配になっていく楓だった。
自分でドツボにはまっている。
「へっ! あいつは殺してもしなないさ。傷の一つや二つ、どうってことないって」
両手を宙に上げて、静揮はフンッと鼻を鳴らす。
「とりあえず殺したら死ぬけどな」
キッチンの入り口で、当の綜一狼がすかさずツッコミを入れる。
「んだよ。来たのか」
刺々しく静揮は綜一狼に向かって言う。
「おかげさまで、怪我の具合もよくてな」
静揮の不機嫌な様子など意に介さず、綜一狼はそう言い放つ。
「よかった。もしかしたら、また傷が開いたのかと思ったのよ」
「約束しただろ? もう無茶はしないって。大丈夫。ちゃんと安静にしてたから」
「うん」
綜一狼の優しい微笑に、楓は大きく頷く。
そんな二人のやり取りをぼんやりと眺めながら、静揮は知らず知らずのうちに険しい顔つきになる。
「静ちゃん、どうしたの? ボウッとして。もしかして、具合悪いとか?」
静揮を覗き込んだ楓が表情を曇らせる。
「いや。何でもないんだ」
静揮はハッとして、あやふやな笑いを浮かべる。
「ただ、腹が減ったからじゃないのか?」
そうだろう? と綜一狼は同意を求め静揮を見る。
「あはは。うん。実はそうなんだ。昨日は色々あって食欲なかったしさ」
仕方なく静揮も話を合わせる。
本当は昨日楓を巻き込んで、怪我をさせた綜一狼を許した訳ではない。
しかし、楓は綜一狼を庇うだろうし、ここでそのことを持ち出すほど、静揮も馬鹿ではない。
「よかった。昨日から静ちゃん元気なかったから、ちょっと気になってたのよね」
楓は安堵のため息を漏らし微笑む。
「大丈夫だよ。楓が元気なら俺も元気だ」
笑みを返し静揮は明るい声で言った。