それは突然に(9)
楓が出て行くと、その場はガラリと雰囲気が変わった。
綜一狼の表情はフッと冷たいとも形容出来る表情に変わる。
それと同時に、透子も表情を引き締める。
「今度のことは、外部に漏れないように操作しておくわ」
これが世間にバレたら、学園の大スキャンダルになる。
なにせ、政治家の子供や綜一狼や静揮のような大会社の御曹司、透子ように旧家の令嬢など、ただでさえ注目を集めやすい生徒が揃っているのである。
「ああ。もちろんだ」
綜一狼は小さくうなずく。
その時、ズボンのポケットから微かな着信音が聞こえてきた。
綜一狼は携帯電話を取り出す。
「ええ。私です。今は怪我の治療に・・・・・・。いえ、大したことはありません。・・・・・・分かっています。すべて任せてください。ともかく落ち着いて。指示は後でコチラから出します。・・・・・・。そうです。それまでは、一言もそのことに触れないように。・・・・・・それではよろしくお願いします」
ほんの数分言葉を交わし、綜一狼は携帯電話を切った。
「少しは自分の頭を使えと言うんだ」
携帯電話を切った後、綜一狼は苛々と言葉を吐く。
「誰からなの?」
「理事長だ。さっきの事件を聞いて、慌てふためいて電話してきた。透子。お前はあの男を呼び出してくれ。明日、俺が直接会う」
立ち上がりながら透子に言葉をかける。
「守屋・・・・・・ね?」
眉を顰めて、嫌悪感をあらわにし透子は言葉を吐く。
「ああ」
「あの男を使うこと、私は賛成できないわ」
「お前はあいつが嫌いだからな。だが、こういうことはあいつの専門特許じゃないか。使わない手はないだろ」
透子の反発の言葉を、綜一狼は一蹴するかのようにきっぱりと言う。
「……分かったわ」
「もう戻っていいぞ。後のことは明日だ」
「ええ。・・・・・・綜一狼。くれぐれも油断しないでね」
「誰に向かって言ってるんだ?」
「そうね・・・・・・ごめんなさい。少し動揺しているらしいわ」
綜一狼の答えに、透子は小さく笑って踵を返し部屋を出て行った。
「・・・・・・・・・・・・」
「お前は戻らないのか? 授業が始まってるだろ」
綜一狼は無言で佇んでいる静揮に言葉を向ける。
「早山はお前を襲って、楓はそれに巻き来まれたってことらしいな」
静揮は静かに言葉を吐く。
いつもと違うその声のトーンに、綜一狼は無言のまま静揮を見る。
「誰からも慕われている人望が厚い生徒会長。成績優秀スポーツ万能。その上、容姿端麗ときている。そんな奴が、裏でどんなことをしているのやら」
軽く肩を窄めて、言葉には侮蔑が見え隠れしている。
「何が言いたい?」
あくまで普段と変わらず、しかし綜一狼の声は鋭く静揮を射抜く。
「お前が裏で何しようと、俺は口出しするつもりはない。言ってどうにかなる奴じゃないしな」
「その通りだ」
綜一狼は小さく笑う。
楓には見せたことが無い、どこか冷たい微笑だった。
静揮は出口へと向かう。
扉に手をかけたまま、もう一度綜一狼を振り返る。
「だけどな、楓を巻き込むな。もし、また今度のようなことがあったら、俺は絶対許さない。全力で楓をお前から引き離す」
そう言って綜一狼を強く睨むと、静揮は保健室を後にした。
「もう二度と傷つけない。そんなこと俺が一番分かってるさ」
一人残された綜一狼は、低くそう呟き、傷ついた肩を強く掴んだ。