それは突然に(7)
部屋には二人きり。
喧騒は遠く、静寂がその場に落ちる。
保健室はプライバシーを考慮して、窓にも白く厚いカーテンがかけられており、中の様子も外の様子も分からない。
まるで違う世界のように、落ち着き払った空気が支配している。
(やっぱりまだ大騒ぎなんだろうな)
遠くのざわめきを微かに聞きながら、楓はぼんやりとそんなことを思う。
「楓・・・・・・」
「ん?」
楓の隣にあった長いすに腰を掛けていた綜一狼は、楓が座っている丸いすを回して、自分の方に向き直らせる。
「は、はい?」
楓は不意を付かれ、驚いて声を発する。
「俺に無茶だとか言うけど、お前の方が無茶苦茶だったろうが。いきなりあんな相手の目の前に飛び出すなんて、下手をしたら死ぬところだったんだぞ」
さっきとは違い、少しばかり怒りを含んだ、説教口調で綜一狼は言葉を紡ぐ。
「あの時は必死だったから・・・・・・」
綜一狼の強い眼差しに、楓は口ごもる。
「お前が俺を助けようとしてくれのは分かる。それはすごくうれしかった。でもな、もう二度とあんな無茶はするな」
ひどく真剣な面持ちで、綜一狼は楓を見つめる。
「でも、私だってすごく心配したんだから」
誰かが死ぬのを見るなんてもうごめんだ。
綜一狼の怪我を見たあの瞬間の恐怖。
失ウカモシレナイ。
そう思った瞬間に、体が考えるよりも先に動いていた。
ナイフなんかより、ただ綜一狼が殺されるかもしれないということの方が、よっぽど怖かった。
だから、自分の行動を反省はしても、後悔はしない。
もし、あの時に飛び出していなければ、綜一狼は今こうして笑ったり怒ったりしていなかったかもしれないのだ。
「もう無茶はしないよ。だから、綜ちゃんもあまり危険なことはしないでね」
「・・・・・・善処する」
うーんと唸ってから、楓の言葉に綜一狼はそう答える。
「善処?」
綜一狼の曖昧な答え方に思わず眉を顰める。
「誓います。もう無茶はしません」
そんな楓を見て、綜一狼は仰々しく片手を上げて、そう言い直す。
「うん。よろしい」
満足気に、楓はにっこりと微笑む。
「やっと笑ってくれたな。うん。楓は笑ってる方がいい」
楓の顔を覗きこみ、綜一狼は眩しそうに目を細める。
「私も、今の綜ちゃんの方が好き。さっきの綜ちゃん、本当に恐かったから」
早山に向けたあの温か味の欠片も無い人を見下した冷たい瞳。
あんな綜一狼は始めて見た。
端から見ていた楓ですら恐くなった。
「あの時は、怒りで我を忘れていたから。でも恐がらせて悪かった」
肩を落とす綜一狼。
「ううん。ごめん。私こそ変なこと言って」
シュンとなってしまった綜一狼を見て、楓は慌てて首を振る。
「いや、楓は本音を言ったまでだ。もう俺のことなんて嫌いになっただろ?」
背中に影を背負い込み、暗い声で言葉を吐く。
「そんなことない! 私は綜ちゃんのこと好きよ」
楓は両手を握り締めて、意気込んでそう答える。もちろん他意はない。
「へぇ。そうか。好きか」
その言葉を聞いた途端、綜一狼はにやりと含んだ笑みを浮かべる。
先ほどまでの落ち込みは何だったんだ?
と突っ込みたくなるくらいの変わりようである。
「うん。当たり前じゃない」
しかし楓はそんなことには気が付かない。さっきと同じように真面目な顔で頷く。
「俺も楓のこと好きだ」
「? え? うん。あ、ありがと」
綜一狼に至近距離でそう言われて、楓は思わず声を上ずらせる。
「それだけか?」
「へ?」
「俺は楓のことが好き。楓も俺が好き。これって両想いってことだよな?」
ただでさえ向き合って至近距離にいるのに、更に綜一狼はズイッと楓に体ごと近づく。
綜一狼の端正な顔が楓の目と鼻の先にある。
「え? えぇっ」
ここまできてやっと、これから起ころうかということを理解する楓。
「楓、俺は・・・・・・」
いつの間にか楓の手は、綜一狼の手に包み込まれている。
「そ、綜ちゃん?」
胸の鼓動が大きくなるのを感じる。
楓は、綜一狼の真剣な眼差しから目が逸らせない。