それは突然に(6)
かくして目的地の保健室。
保健室はツンッと消毒液の臭いがする。
「あの、綜ちゃんの傷は大丈夫ですか?」
用意された丸椅子から身を乗り出し、恐る恐る目の前にいる女性に尋ねる。
楓の前には、肩に包帯を巻かれた綜一狼がいる。
血で汚れた制服を脱いだため上半身は裸。だが、その大半は痛々しく真っ白な包帯が巻かれている。
傷口には脱脂綿が当てられているにも関わらず、真っ白な包帯の下から、うっすらと赤い色が染み出している。
その光景は、見ているだけでも痛々しい。
「大丈夫。血は派手に出たみたいだけど、傷は浅いわよ。やっと血も止まったし、また下手なことして傷口開かなきゃ平気よ」
呆気らかんとした口調で、この学園の保健医は答える。
「よかったぁ」
楓は張り詰めていた息を吐く。
「俺より楓は? 傷が残るなんてことないですよね?」
綜一狼は、ひどく真面目な顔で保険医に問う。
楓の手はすでに治療済み。
綜一狼が、楓の治療を先にするといって、譲らなかったためである。
「あなたよりは全然軽症よ。傷もそのうち綺麗に消えるから大丈夫」
「よかった」
綜一狼は安堵の息を吐く。
「それにしても、生徒会長が血だらけで女の子抱きかかえてくるんだもの。何事かと思ったわよ」
長年この学園で勤務している彼女だが、今日の出来事は前代未聞だ。
「すみません」
綜一狼は照れくさそうに笑う。
「わ、笑い事じゃないっ。人の心配より自分の心配でしょ! あんな無茶して・・・・・・」
楓は、声を張り上げて潤んだ瞳で綜一狼を睨む。
「あ、あんなことするから、そ、そんなにち・・・・・・血が止まらなくなって・・・・・・」
やはりというか、案の定というか、楓を抱き上げて運んだことで、綜一狼の傷口はものの見事に開いてしまった。
「何も泣くことないだろ? もう血は止まったから」
楓はいつの間にか泣き出していた。
怒って・・・・・・というよりは、今更ながら実感した深い安堵感が、楓の涙腺を完璧に壊したのだ。
泣き出した楓を見て、さすがの綜一狼も閉口する。
「すまない。ごめんな、楓。俺が悪かった。だから、もう泣くなって」
ついに綜一狼は白旗を揚げる。
綜一狼はひたすら楓に頭を下げる。
楓はブンブンと首を振る。
別に怒っているわけじゃない。
そう言いたいのだが、止めようとしても、涙はなかなか止まってくれない。
楓はシャックリを上げつつ、小さな子供のように泣き続ける。
「ま、怖い目に合ったんだものね。泣くなって方が酷でしょ」
その光景を見て、ハンカチを手渡し、保険医は優しく言う。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。それにしても、あの早山先生がどうしてこんなことをね。到底そんな人には見えなかったけど」
保険医は小さく肩を竦める。
あの時、早山が綜一狼を襲ったのは偶然なんかじゃない。綜一狼を待ち構えていて、そして襲った。
それがなぜなのか?
綜一狼は理由を知っているのだろうか?
楓は、綜一狼をジッとみる。
「今はその話はよしましょう」
そんな楓から視線をそらし、綜一狼は静かに言葉を紡ぐ。
「あ、ああ。そうだね。あなたたちは、直接の被害者だものね。無神経だったわ。ごめんなさい」
「いいえ。早山先生に何があったのか……。俺にも、まったく分からなくて。正直、困惑していますよ」
綜一狼は深く息を吐く。
「早山先生、どうなっちゃうのかな?」
「楓が気に病むことじゃないさ。あとは、先生方が対処してくれるだろうから」
楓の呟きに、綜一狼は優しく答える。
「さて。これからどうしたものか、他の先生たちと相談してくるから、あんたたちはここでゆっくりしてなさいね」
そう言うと、保険医は二人を残し、保健室から出て行った。