第4章-第22社 束の間の休息
「注射なんて嫌だああああ!」
白澪が手にしている注射器と針を目にした秋葉は叫び散らかしながら廊下を駆ける。
「いや、子供かっ!」
逃走する秋葉に向かって、すかさず熾蓮がツッコむ。
「エル、熾蓮! 今すぐ秋葉を取り押さえて!」
「らじゃっ!」
白澪の指示を受けたエルと熾蓮は逃げる秋葉を追いかける。全速力で走るが、いつの間に回り込まれたのか素早く挟み撃ちにされ、背後にいたエルから両腕をホールドされる。
「嫌だぁ! 離せー! 痛いの嫌い~!」
「せんど腹に風穴開けといて、今更何を言うとんねん!」
「ほら、痛くなーい痛くなーい」
これでもかと暴れ回る秋葉をエルが羽交い絞めにし、熾蓮が両足を掴んで地面に固定する。と、白澪が目をキランと光らせて注射器に針をセットする。ちなみに中に入っている赤い液体は血を増やすための増血液だ。
「ぎゃああああああ!」
容赦なく近づいてくる注射針に秋葉は声を荒げて抵抗する。恐怖からか目じりには涙が浮かんでおり、刺される寸前でぎゅっと目を瞑る。
「はい、終わったわよ」
「って、あれ?」
ゆっくり目を開けてみると、既に注射器と針をビニール袋に仕舞っている白澪の姿があった。役目を終えたのか、エルと熾蓮は当に秋葉から離れて様子を見守っていた。
「痛くない……」
注射後特有の鈍い痛みを感じはするが、刺されたときの痛みというのは微塵も感じられなかった。
「私にかかれば注射なんて痛み無しで終わらせられるわ」
「おぉ~! 流石白澪さま!」
秋葉が両手を握って崇め称える一方、白澪は痛みを感じるのは刺してる医者が下手くそだからよと呟いた。白澪の容赦ない発言にエルと熾蓮が苦笑する中、秋葉はならば今度から注射関係は白澪にやってもらおうと思う。
そうして注射を終えた一行は応接室へと移動する。エルが片づけをしている傍らで、白澪はせっせと秋葉と熾蓮をソファへと座らせる。
「はい、それじゃあ二人ともこれ飲んで」
その両手にはどこから取り出したのか紙パックが握られていた。すぐに飲めるようにとストローまで刺されている。二人は白澪から紙パックを受け取り、言われるがまま口にする。
「って、苦っ!」
「うげぇ……なんやねんこれ」
秋葉と熾蓮が揃って不快そうに顔を歪めながら話す。飲んだ後まで薬のような苦みが口いっぱいに広がり、思わずパッケージに視線を落とす。
「血を増やす効果が含まれた青汁よ。あんたたち戦った後で全身に血が足りてないからちゃんと全部飲みなさい」
(これを全部? いや無理じゃないかなぁ~)
引き攣った顔で紙パックをじっと眺める。すると、白澪から飲まないと死ぬわよ! と脅しをかけられ秋葉はもちろん、隣で同じように飲みたく無さそうにしている熾蓮も仕方なくストローに口をつける。
「それじゃあ私は片付け終わった後、処理班の人たちの作業手伝いに行くから、二人とも安静にしてるのよ。あ、それと今日は私もここ泊まるからよろしくね」
白澪はそう言い残すと応接室を後にする。
(えぇっ⁉ 白澪もここに泊まるのっ⁉)
何も聞かされていない秋葉は、目を丸くして白澪を引き留めようとするが、エルにじっとしてろと止められる。
(まぁ、この時間だと終電もないから帰れないか。幸い部屋数は十分すぎるぐらいあるから良いけど)
思い直した秋葉はソファに座って、目の前の青汁ならぬ苦汁を飲み干そうと吸引スピードを上げる。
「ボクもまだ社務所での作業が残ってるんだった」
あっと何かを思い出したように声を上げたかと思うと、エルはわざとらしい口調で告げる。その後、茶請けを回収して白澪に続いて足早に応接室を出ていった。さっきまで騒がしかった応接室が一気に静かになり、取り残された秋葉と熾蓮は自然と持っていた青汁へ目を向ける。
そういえば熾蓮は苦いものが苦手だったようなと思い、そっと視線を横に向けると案の定ジト目で嫌そうに青汁を睨みつけていた。秋葉は残った青汁を最後まで飲み干して、勢いよく机に置き、ホッと息を吐く。
熾蓮にゆっくり飲めば良いってと声をかけ、席を立った秋葉は腰に装着していたウエストポーチからスマホを取り出す。
「えーっと、連絡連絡」
部屋の隅に移動しながら、電話アプリをタップしてスクロールする。何回かスクロールし、目当ての名前を見つけたところで電話をかける。
「あ、結奈起きてる?』
『おー、どうした? こんな遅くに』
「ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
懐からメモ帳を出した秋葉は、今回の任務で起こったことを大まかに話し、小春から聞いた着物の特徴を順番に伝えていく。任務の一環で必要なものということで、振袖や着付けの費用は学園から支払うことも伝え、結奈の返事を待つ。
『了解だ。そういうことなら準備しといてやるから、代金とは別になんか奢れよ~』
「分かってるって。じゃあ朝の八時頃にそっち行くからよろしくね」
無事に交渉成立となり、秋葉は通話を切って一息つく。他にすることも特にないので、みんなが帰ってくるまでソファで座って待つことに。
電話で話している間に熾蓮も飲み終わったようで、空になった紙パックが置かれた状態の机をぼんやりと眺める。結奈に奢ると言っても、今まで自作キャラのイラストを頼んだり、逆にあっちの依頼を引き受けることもあったので、今度は何を奢ろうかと思案する。
(というか奢るっていうと、なんか忘れてるような……)
何だったっけ……と秋葉は頭を捻り始める。確か戦闘中にそういう話をしたような気がする。その時の記憶を順番に辿ること数秒。思い当たったのか秋葉は徐に口を開く。
「ねぇ、熾蓮」
「んー?」
やることがなくて暇なのか、熾蓮は宙を見つめながら間延びした声で返事をする。
「今まで助けてくれたお礼したいんだけどさ、何か欲しい物とかしたいこととかある?」
「お礼って別にええんやけど……。まぁでも、せっかくやったら二人でどっか遊びに行きたいよな」
「良いけど、そんなんでいいの?」
「おん。ほら入学してから試験稽古でまともに休みなかったやろ? 無事に試験合格できたことやしそのお祝いも兼ねてどっか行けたらな思て」
「ま、確かにそうだね」
理由を聞いて秋葉は頷く。しかし、今まで散々助けられた手前、何かお礼をしないと気が済まない。
ならば、遊びに行く最中に熾蓮の好きそうなものをこっそり買って渡そうと頭の中で思案する。と、そうこうしているうちに芽衣と日向を送りに行っていた薫たちが帰って来たようで、玄関の扉の開く音が聞こえてきた。秋葉と熾蓮は応接室を出て、薫たちの元へと向かう。
「おかえり~。って、織部先生は?」
家の中に入って来たのは薫と樹だけのようで、一緒に送りに行っていた織部の姿が見えない。一体どうしたのだろうかと不思議に思っていると、鍵を閉めた薫がこっちを向いた。
「それなら処理班を手伝いに千鳥ヶ淵の方に行ったよ」
「お前らは一足先に休んどけってさ」
ブーツを脱いで廊下に上がり込んだ樹が、織部の声を真似するようにして言った。処理班というのは、神社省に属する部署でその名の通り任務後の現場処理を行う。と、授業で聞いた覚えがある。
「それもそうだね。明日も朝早いし」
そういうことなら休ませてもらおうと居間の方へ移動しかけた時、片付けを終えたのか白澪が廊下の奥からやってきた。その手には応接室で秋葉と熾蓮が飲んだ青汁ならぬ苦汁の紙パックが握られていた。準備がいいようで既にストローも刺されている。
白澪は薫と樹を見ると、逃がすまいと一直線に彼女らへ向かっていく。
先ほどの味を思い出して秋葉と熾蓮がわなわなと怖気づく中、白澪の手によって薫と樹の口にストローが差し込まれた。
「いや、苦っ!」
有無を言わさず紙パックに入った飲料を飲まされた二人は、顔を歪めてそう叫ぶのだった。




